2009年12月5日土曜日

最後かもしれないだろ?だから、全部話しておきたいんだ:ファイナルファンタジーXと資本市場その2

(出所:スクウェアエニックス)

前回の続きである。

ファイナルファンタジーX、このゲームがどうして資本主義への示唆なのか?と言う所からである。


「最後かもしれないだろ?だから、全部話しておきたいんだ」(ティーダ)


と言うゲーム内の主人公の名言に基づいてちょっと書いてみると、要するに中央銀行、基軸通貨ドルの発行母体として中央銀行の中心にあるFRBと言う存在そのもの、ひいては誰もが求めて止まないマネーと言う存在そのものが、「壮大な夢」あるいは、「エボンの教え」みたいなものだと解釈出来得る面があるからである(注1)。


FRBは、実際には民間銀行である。そして、FRBの発行するドルには、今や金(ゴールド)の裏付けもない。幾らでもドル札を刷ろうと思えば刷れる。世界各国の通貨価値は、基軸通貨であるドルをベースに決まっている。つまり世界各国の中央銀行はFRBの動きと全く別個に金融政策を行う事は難しく、ある程度相互に影響し合ってしている。


ここでちょっと考えてみて欲しい。例えば筆者が、「Anonymous Investor Bank Co., Ltd.」とか何でもいい、私企業を作って、紙切れに10とか100とか書いた「お札」を刷って、「これには価値があるから、あなたの持ってる家とか食べ物とか財産をくれ。あるいは、毎月この紙切れをやるから、1日8時間私の財産がもっと増えるために働いてくれ。」と言ったとする。あなたはそれを受け入れるだろうか?勿論受け入れないだろう。


しかし、FRBを中心とした現代の金融システムのすごい所は、上記のような事を、様々な方法でもって実現している点である。例えばこんな手段である。


・政府にカネを貸す(通貨発行権を独占して、政府に国民の税金を担保に国債を発行させてそれを中央銀行が引き受ければ、政府は債務者、中央銀行が債権者で、力関係としては国民<政府<中央銀行、になる)。


・政治家に色々な形で働きかけて「中央銀行に独占的に通貨発行権があって、中央銀行以外は勝手にお札を刷ったりポンジスキームをやったら犯罪です」と言う法律を成立させたりする(注3)。


・学問の世界では新古典派経済学や効率的市場仮説等の”何とも香ばしい感じのする”理論やら、資本にはコストがかかるんですと言った「信仰」をMBA等の教育機関等を経由して世界中に周知させる(注4)。


その他色々な方法で上記を実現させていて、「FRBの刷るドル札には価値があって、食べ物や石油や不動産やと交換出来る」と言う信仰(ファイナルファンタジーXで言う所のエボンの教えのようなもの)を世界中の人々に持たせる事に成功している面があると思われる、と言う事なのである。


そして、FRB(や世界の中央銀行)は、お札の発行量をある時期には増やし続ける。銀行は事業会社に潤沢に資金を貸す。こうすると過剰投資と過剰消費が起きインフレと好況が起き、バブルが起きる。そして、ある程度行った時点で金利を引き上げてお札の流通を引き締める。今まで銀行からカネを借りまくって財務レバレッジを上げて行ってバブルの恩恵を受けて居た新興成金は急速に資金繰りが厳しくなり、倒産が多発する。バブルは崩壊し、不況が訪れる。そして不況対策と言ってまたFRBは金融緩和をしてお札を沢山刷る。ある時には日本のバブルとその崩壊、ある時はアジア通貨危機、ある時はLTCM破綻、さてはサブプライムショック等と言われて毎回震源地や表面的な状況は異なるが、根本的な所は同じである(注5)。以下繰り返し。召喚士がシンを倒してちょっと平和になるけど復活して、と言うサイクルと似たようなものである。


こう言う事が、民間銀行たるFRBによって行われていて、金融危機が起きたりバブルが起きたりしているのである。多くの人々がこの災厄(バブル崩壊)と平和(バブルあるいはユーフォリア)に翻弄されるだけで後は祈るしかない一方で、このサイクルを活用して儲ける人達が居る事も、この仕事をしていると何となく実感される。筆者の専門は個別企業の一本釣りだが、グローバルマクロの運用をするとは、こう言うマネーの性質について熟知してそれを活用すると言う事である。


つまり、現実世界で起きている事も、案外ファイナルファンタジーXの世界と似ている訳である。これが「ファイナルファンタジーXがなぜ資本主義への示唆になるか」の理由である。


ただ、真相の所は分からない。筆者についてはこの手の話については、陰謀論の立場は取っていない。現在の通貨制度や社会制度を批判、非難するつもりもない。筆者は資本主義の辺境の地で細々と運用の仕事をしているに過ぎない。実際の所は普通の人にはわからないと言う事である。


例えばこれから金融業界に入られる学生さんなり、これから金融マーケットの世界に訪れる皆さんには、ファイナルファンタジーXの名言を引用しておこう。


「覚悟を決めろ。ほかの誰でもない。これは、お前の物語だ。」(アーロン)


マーケットに何を求めるか。その向こうに何を見るか。それは、その人次第である。




(以下、注の解説)


注1:ちなみに、FRBに加えて、地球温暖化問題の際にしばしば登場する、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)についても類似の雰囲気を感じる。実際には、CO2が地球温暖化の主因であるかどうかと言う点については、科学的には実際は微妙な所のようである(太陽の活動等による周期変動等が理由と言った説も含めて諸説ある)。それにも関わらず、アル・ゴア氏とIPCCがノーベル平和賞を受賞し、IPCCの調査結果等を前提として、今まさに世界中で地球温暖化対策としてCO2を減らそうと言う動きになっており、丁度折よく核ミサイル廃絶(言い換えると原子力の平和利用)を訴えるオバマ大統領が現職大統領であるにも関わらずノーベル平和賞を受賞したのは、色々な利害主体の思惑があるものであろうと推測される。この辺については以下の書籍を参照。


金融危機で失った資産を取り戻す方法 (単行本(ソフトカバー))


注2:とある書籍にはFRBのステークホルダーについて考える際に重要となる、ニューヨーク連銀の株主一覧が掲載されていたりするが、真偽のほどが定かではないのでここでは取り上げない。少しトリビア的な話(何か役に立つ訳ではないが、「へー」と言う気分にはなれる話)をすると、その中にJ.Sと言う人物が居るのだが、この人物についてはRと言うファミリーと深い関係にあった人物であり、日露戦争の際に高橋是清と親交を持つ事で日本国債の外債引き受けをして日本政府の資金調達に協力し、日本を勝利に導く事に金融面から貢献している人物で、日本にも関わりの深い人物である。Rと言うファミリーとロシアは当時対立しており、Rが日本を支援する動機があったものとも推察/解釈し得る。


ちなみに、こう言う知識は幾ら付けても、話のスケールが大き過ぎて日々の運用の勝ち負けには殆ど関係ない。とは言え一応参考図書を下記に付しておく。ご興味のある方(あるいは暇なかた)はどうぞ。


赤い楯〈1〉 (集英社文庫) (文庫)

日露戦争に投資した男―ユダヤ人銀行家の日記 (新潮新書) (新書)


注3:以前に「円天」と言う仮想通貨を発行してねずみ講詐欺で捕まった者が居た。逮捕された代表は「私の考えは正しい、国も人々も私の言う事に耳を傾けなくてはならない日がいつか来る」と言った内容の事を言っていたように記憶している。


彼としては、国債発行額がどんどん増えている日本において解決策はお札を刷りまくる事であり私がそれを体現している、とか、民間銀行であるFRBも通貨を発行してるじゃないか私が通貨を発行して何が悪い、とでも言いたかったのかも知れないし、そう言う意味では逮捕された代表の言い分も全くもって荒唐無稽と言う訳ではない。


しかし、今の社会体制では中央銀行以外の主体が勝手に通貨を発行したら犯罪である。通貨発行はある意味虎の尾であり、不用意に踏んではよろしくない。円天の代表については、この点をきちんと理解しておくべきだった。


注4:筆者は陰謀論の立場は取らないため、実際の所、FRBの利害に経済学やファイナンスの理論体系がたまたま一致しているのか、ある程度中央銀行の企業努力でもって経済学やファイナンスの理論体系が中央銀行の存在にとり都合の良いものに方向付けるようにしようとして来たのかについては深入りしない。


しかし全ては概念の事柄であり、物理法則のようにりんごを落としたら地面に落ちるとか言う類いのものではない。社会科学は検証も出来ない(過去の歴史を違う条件にして再現したりするような実験が出来ない)。誰かが「資本にはコストがあるんです(つまり、マネーには金利とか株主資本コストがあるんです)」と言う事にして、それが多くの人々に信じられているから、実際そうなっていると言うだけである。実際には別の形での経済運営と言うのもあり得るかもしれないと言う事である(この辺の詳細を考えるのは、俗世にどっぷり漬かった筆者のScope外なので割愛する。地域通貨等について研究している他の研究者、活動家等のブログ/書籍等を参考にして欲しい)。


ちなみにケインズ(ケインズ経済学)は中央銀行による金融政策の効果を正当化したと言う点において、中央銀行にとっては有り難い学者であろう。また、新古典派経済学や効率的市場仮説によって、分散投資の有用性が説かれ資本の流通が加速し、これがバブルやその崩壊の振幅を大きくする事に寄与している面はあろうかと思われる。モダンポートフォリオ理論のベースになっている「何でもかんでも正規分布(なり対数正規分布なり)に基づく」と言う考え方が、実際には数年に一度起きるような経済危機を「100年に1度」「統計的には1万年に1度」しか起きないと市場参加者を勘違いさせ、ボラティリティが低く見えるバブル期に過剰にリスクを取らせて、バブル崩壊時に一気に吹っ飛ぶと言う繰り返しを生んでいる面もある。振幅が大きい方が中央銀行の金融緩和も有り難がられるし存在意義も増す面はある。


ついでに述べるとノーベル賞受賞者には、新古典派/効率的市場仮説系のシカゴ学派の受賞者が多い一方で、「中央銀行があるから景気循環が生じる」と説くオーストリア学派がいまいちマイナーである(オーストリア学派のハイエクはノーベル賞を受賞してはいるがオーストリア学派のノーベル賞受賞者は多くはない)。読者の皆さんで、オーストリア学派を大学や大学院で専攻したかたは少ないだろう(本格的に教える大学・教官自体が多くないはずである)。


ノーベル賞の特に平和賞や経済学賞は(検証不可能な社会科学では仕方無い面もあるが)選考基準が曖昧な事で有名である。上記でも書いたが、これらの賞の受賞者を見ていると「ある種の思惑の一端」のようなものが垣間見える事もあり、恐らく色々背景があるとも推測され得る。ただし、そう言う”お話”も出来得ると言う事である。


注5:サブプライムショックについて大仰な題名の本を書いてみたり、米国流自由主義万歳だった日本の経済学者が懺悔してみたり、経済学者を多数抱える日本の大学基金が証券化商品で大きな損失を出している様子を見ていると、日本の経済学教育については、彼我の差を感じざるを得ない。


普通に中央銀行による金融緩和が続いて、低金利の余ったマネーが「流動性が無かったり投資したカネ返って来るか微妙な感じでリスクは高いけど利回りも高いよ」と言う金融商品(時に不動産だったり証券化商品だったりハイイールド債だったり、地域では日本だったりタイやインドネシアやロシアの国債への投資だったり、最近は中国の不動産だったり色々な訳だが)を求めてそちらに流れて行って、金利のスプレッドがリスクに見合わない程小さいものになる臨界点まで流入し切って、バーストする。この「いつもの典型的な循環」をやや大規模にやったに過ぎない。こう言った話は完璧なタイミングを読むのはかなり難しいが、誤差1−2年を許す位の精度であれば「基本問題」である。


一言で言ってしまえば、「中央銀行がお札を刷ります。それがより利回りの高い所に向かいます。行き過ぎると破裂します」。ただそれだけである。しかし、これでは学問として余りにお粗末で単純過ぎるので、色々装飾が必要と言う事なのかもしれない。


しかし沢山の数式で学生を煙に巻いたり居眠りの世界にいざなう前に、きちんと中央銀行の金融政策は景気の局面に応じて典型的にはこうで、高リスク高金利vs低リスク低金利の金融商品間のスプレッドと景気循環には典型的にはこう言う関係があって、日経新聞で利上げするとかしないとかが大真面目に書かれてるのはだからなんですよ、と言う事を(学問としての格調高さはだいぶ失われてしまい、卑近な感じにはなってしまうものの)説明する必要があると思われる。


筆者については、正規の経済学教育は受けていない。興味のあるかたは、以下の書籍辺りが良いかと思う。特にLTCMと、ジョージ・ソロスによって書かれたアジア通貨危機の上2冊辺りが読みやすくて臨場感もあっていいと思う。ケインズの訳本も、新書が出てだいぶ分かりやすくなった。オーストリア経済学の本は、オーストリア学派について比較的体系的にまとめてある、日本語では比較的数少ない書籍で貴重かもしれない。


最強ヘッジファンドLTCMの興亡 (日経ビジネス人文庫) (文庫)

グローバル資本主義の危機―「開かれた社会」を求めて (単行本)

雇用、利子および貨幣の一般理論〈上〉 (岩波文庫) (文庫)

雇用、利子および貨幣の一般理論〈下〉 (岩波文庫) (文庫)

オーストリア学派の経済学―体系的序説 (単行本)


正規の経済学を一通りやっぱり押さえておきたい、と言うかたは、分厚いが以下がお勧めかも知れない。基本線、外人の書いた本の方が具体例が豊富で、数式は少なめで、分かりやすい。教育市場はアメリカの方が競争が激しく、教授も客商売をきちっとしないといけない面が強いのだろう。しかし運用する際に、そんなに意識して下記書籍に書いてあるような知識を駆使する事は無いかもしれない点は付記しておく。


スティグリッツ入門経済学 <第3版> (単行本)

スティグリッツ ミクロ経済学 (単行本)

スティグリッツマクロ経済学 第3版 (単行本)

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