2010年1月15日金曜日

映画「Matrix」と資本主義 その2

(出所:http://www.istockphoto.com/)

前回の続きである。

さて、あなたは赤いピルを飲んだとしよう。神話論的に、アリスの穴の入口まで来て、青いピルを飲んでハイ終了、と言う事は大体ないものだ(注1)。


○これが現実だ、と思い知らされる。

そして目が覚めると、自分は養分カプセルの中で、マシンに電力を供給するために飼われていたと言う事に気づくのである。

モーフィアスはネオの後頭部のジャックに同軸ケーブルを差し込み、「Load」キーを押した。その瞬間にモーフィアスとネオは人影のない白黒の空間に立っている。モーフィアス(=起業家、投資家、外資系金融機関のお偉いさん等誰でも良いので、そう言う類いの人の喩えとして捉えて頂ければ幸い)は説明する(注2)。


(モーフィアス)
This is the Construct. It's our loading program. We can load anything, from clothing to equipment, weapons, training simulations, anything we need.
これがコンストラクトだ。我々のローディングプログラムで何でもロード出来る。衣服から装置、武器、訓練用シミュレーションなどに至るまで、必要なものは何でも。

(Neo)
Rights now, we're inside a computer program?
それじゃ、コンピュータのプログラムの中に居るのか?

(モーフィアス)
It is really so hard to believe? Your clothes are different, the plugs on your arms and head are gone. Your hair has changed. Your appearance now is what we call "residual self-image". It is the mental projection of your digital self.
信じられないか?キミの服装は変わり、腕と頭のプラグはもうついていないだろ。キミの髪も変わった。キミの外見はいわゆる「自己残留イメージ」になっている。キミ自身の心をデジタル化して投影したものだ。

(Neo)
This...this isn't real?
これは、、、現実ではないのか?

(モーフィアス)
What is "real"? How do you define "real"? If you're talking about what you can feel, what you can smell, what you can taste and see then "real" is simply electrical signals interpreted by your brain...
「現実」とは何だ?「現実」をどう定義するんだ?もしキミが感じる事が出来るものや、嗅ぐ事が出来、味わい見る事の出来るものを言っているのなら、そのときの「現実」はキミの頭脳が解釈した単なる電気信号に過ぎないんだ。

You've been living in a dream world, Neo. This is the world as it exists today.
ネオ、これまでキミは夢の世界で生きて来た。これこそが存在している今日の世界だ。

Welcome, to the desert of the "real".
「実在」の砂漠へようこそ。

資本主義におけるモーフィアスは、一通り「実在の砂漠」のあらましを説明する。


・企業は従業員の「やりがい」とか「自己実現」のために存在してなど居ない。

株主価値最大化のために従業員は存在する。不要になればリストラされる。例えばあなたが会社員なら、あなたのリストラは会社のコストカットであり、損益分岐点の低下であり、利益が出やすくなる事である。株主には好感され、株価上昇に繋がる。特に、一流企業と言われている上場会社ほど、外部株主の短期的な利益、株主還元要求を重視する必要性が強いためこのような傾向が強い。

幾ら福利厚生の整備等と言った所で、それは上記の厳然たる事実を曖昧にオブラートに包むための「Matrix」に過ぎない。上場企業を見ている立場からすれば、従業員総体としての生産性について考えて居る会社は勿論多いようには思うが(だからこそ有能な社員を引きつけるため等で福利厚生も整備する)、本当に従業員一人一人の幸せについて考えている大企業はそう多くはない(あるいは本当は考慮したい場合もあるのだろうが、現実問題として出来ない)。


・企業はまた、日本の場合特にだが、徴税機関としても機能している。

源泉徴収で自動的に税金が引かれていると言うのがそれである。会社員をしている限り、税金すなわち国家からマネーを吸い上げられる分と言うのを節約、削減する事は難しい。

企業オーナーであれば経費等をコントロールする事で節税が出来るし、投資家であればタックスヘイブン国や香港、シンガポール等税金の低い国を拠点にすれば節税が出来る一方、会社員としての従業員は、身を粉にして稼いだお金はフルに国に吸い上げられる事になる。


・会社員として働いて、30年ローンを組んで持ち家を買う事こそが幸せだと言う幻想もまた、従業員を資本主義における「発電プラント」として「飼う」ための重要なポイントである。

従業員が身を粉にして上記の「企業」から稼いだお金は、まず節税の機会も殆ど与えられずに国家に源泉徴収で税金として吸い上げられる。その後手許に残ったお金は、住宅を買う際にグローバル金融システムの微分産業とも言える不動産デベロッパに吸い上げられ、その後家のローン返済としてグローバル金融システムの半官半民機関と言える銀行に吸い上げられる(注3)。

以上、全くもって、マシンシティに電力を供給している、Matrixの世界における「人間」と一緒である。


○Matrixとは

モーフィアスは続ける。

(モーフィアス)
What is the Matrix? Control.
マトリックスとは何か?コントロールだよ。

The Matrix is a computer-generated dream world, built to keep us under control in order to change a human being into this.
マトリックスとはコンピュータによって作り出される夢の世界だ。人間をその制御下に置き、これに変えるために作られたのだ。

・・・・・・

つまり自らのエネルギーを、企業(を通じて株主)、国家、銀行や不動産業界に供給し続ける事と引き換えに、従業員はMatrixと言う「幻」を見て居られる。

例えば、自分は皆や世間一般と同じだかまっとうな社会人だと言う安心感。

名刺を見せれば世間にも信用して貰えるし住宅ローンも簡単に組めると言う世渡りのし易さ(そして上記の通り、不動産業界や銀行への養分提供機能から抜けられなくなる訳だが)。

あるいは、良い大学行って一流企業に行くのが素晴らしいと言った価値観/スローガンも、そのために頑張ってさえ居れば深い事を考えずに済む。

あるいは年収が高くなった方がいいとかセレブになりたいと言った欲望を煽る、経済的成功=成功だと言う事を吹聴するのも同様である(注4)。

さらには企業における出世とか、肩書きの階層と言うのも、そうやって養分提供の従僕を競わせて生産性を上げ、かつ「現実の砂漠」から目をそらさせる仕組みとして機能する。実際には、肩書き等に実体はなく、紙の上で組織図の形を変えれば変えられるし、今日から君は部長だと言えば部長になるし、社長だと言えば社長になる。言ってみればMatrixのプログラムみたいなものなのである。しかし例えば「マネーと言う概念を表した数字」である給与を肩書きに応じて上下させたりして、まるで出世や肩書きが実体があり、目で見て感じられるものであるかのような感覚を与えるのがポイントである。

これらの概念は全て、こう言う資本主義における従僕を大量生産するのに適した概念だとも言える。


○じゃあモーフィアスの言う通りすれば正しいのか

じゃあ従業員は駄目だからそんなのやめて起業しましょう、投資しましょう。
デキるビジネスパーソンになってキャリアアップして、ヘッドハンターからお呼びがかかって会社を利用出来る位になりましょう。
経済的自由を勝ち取るのです。ザイオンをマシンシティから解放するのです。
これこそがMatrixの呪縛から離れて成功し、自由になるための道です。

モーフィアス、あるいは「金持ち父さん貧乏父さん」のロバートキヨサキ氏や、金持ち父さん貧乏父さんの書籍の後に色々出て来てブームになった成功本等(注4)の言う通りにすれば良いのだろうか。

例によって書くのに飽きなければだが、次回に続く、、、


(以下、注の解説)

(注1)神話論と言うのは、知っておくと映画をより深い観点で見られるようになる。要約すれば、大昔の神話の類いから、現代の映画に至るまで、物語と言うのは大概は以下のサイクルに基づいて書かれている。

(得てして平和だが単調で退屈な)日常
→冒険へ誘いと躊躇、そして旅立ち
→冒険が想定以上に困難を伴うと言う現実への直面、挫折、メンター・師匠との出会い、危機等を経て謙虚になる
→最後のライバルとの戦いと言った物語のクライマックス・(プラスの)報い・帰還・再生
(以上が上昇サイクル)

→報償を得て地位・名誉等を獲得した事による慢心・ヒーローがアンチヒーローに変化する瞬間
→アンチヒーローの後退
→独裁暴君になる
→アンチヒーローが(マイナスの)報いを受ける・死
(以上が下降サイクルで、「(得てして平和だが単調で退屈な)日常」に戻る)

例えば映画のスターウォーズ等は神話論的に描かれている映画の典型的な所である。特にダースベイダーの描かれ方は、(順番は、最初の作品がエピソード4で、息子のルーク・スカイウォーカーに引導を渡される所から始まっている事から分かるようにちょっとトリッキーな形で順序の変則がなされているが)全体として上記の神話論の循環を全6作を通じて1週させる形になっている。

通常のハリウッド映画等においては、上記の上昇サイクルのみを切り出して主人公の成長物語として描いているものが多いと思われる。Matrixにおいても比較的神話論に忠実に作られているように感じられる。

この辺は語ると長くなるので今回は詳細は省略する。興味のある方は以下を参照。


上記は日本語訳は絶版。カリスママーケターの神田昌典氏が推奨して、中古本の価格が凄い事になっている。以下の英語版もお勧め。こちらは安価に販売されている。英語も比較的簡単な英語で書かれている。読み物にも良いだろう。


また、日本語で書かれていて、内容が上記書籍と酷似しているものとしては、以下がお勧め。



(注2)出所は前回同様で、以下。


(注3)グローバル金融システムにおける序列は、非常に大雑把なくくり方をすれば以下のような感じだろうか。

FRB(中央銀行の中央銀行。準備通貨のドルを好きなだけ発行したり減らしたり出来る。)

>米国以外の中央銀行(準備通貨ドルとの相対比較で自国発行通貨の価値が決まるので完全フリーハンドでとは行かないが、通貨を発行出来る、国にカネを貸せる、銀行へのマネーサプライを調節出来る。)

>国家とか投資銀行Gとかメガバンクとか
(国>投資銀行Gとかメガバンクとかだろう、と思われるかも知れないが、国はメガバンクを規制監督は出来ても大き過ぎてつぶす事は出来ないので、国の地位が際立って高いと言う感覚ではない。・・・後日付記:2010年1月21日現在、国vs投資銀行Gでガチンコ対決している。さながらゴジラ対キングギドラの感。しかし、オバマ大統領側が言葉遣いも「戦う」とか必死の形相のように見える一方で、投資銀行Gは左様でございますかと冷静な様子である事にも注目である。筆者は遠く辺境の地から、事の成り行きを固唾を飲んで見守るのみである。)

>不動産業界、ヘッジファンド、ベンチャーキャピタルやプライベートエクイティ、製造業等の一般事業会社
(国の規制のもと、投資銀行や銀行の資本やインフラを使わせて貰ってビジネスをし、大き過ぎて潰せないと言った事もなくリスクを取って商売する人達。言ってみればグローバル金融システムにおける微分産業。筆者の属するヘッジファンドは、困っても国の税金で救ってくれる訳でもなし、言ってみれば辺境の微分産業である。辺境だから身動きが取り易くて面白い、と言う面も多分にあるにはあるが。)

>銀行から資金調達をして不動産を買ったりする個人、銀行から借り入れをしたりプライベートエクイティやベンチャーキャピタルから資本を仰ぐベンチャー・中小企業等等(言ってみればグローバル金融システムにおける微分の微分産業。)

・・・とまあ、誰が通貨を発行出来て、誰が誰に対してマネー・資本による「貸し」を作った上で相手をコントロール出来て、誰が「将来の投資や利益を先食いして今便益を得られる」と言う誘惑のもとで他人の資本を使って金利/資本コストに縛られる立場になるのか、と言う観点で、業界にいて感覚的に思う所に過ぎないが、こんな所だろうか。

ちなみに、民主党政権が、新築持ち家から、「既存中古住宅ストックの活用」に舵を切ろうとした際は、鳩山友愛政権もちょっと面白いな、人々の住宅ローン持ち家幻想を変えうる力になるなと感じたものだが、住宅エコポイントの所では新築でもメリットが出るような流れになってしまっている。財界から圧力でもあったのかも知れないが、ちょっと残念である。

現政権は、何となく現在の資本主義のありようをおかしいのではないか、国民の幸福度合いを上げられるようなやり方があるのではないかと思っている雰囲気を感じる辺りまでは評価して良いと言うか気持ち的には分からなくもない。しかし一方で、かと言って代案を提示出来る程の経済に関する確固たる考え方も、しっかりした知識・理解も、国際社会で孤立せずにグローバル資本主義の文脈とも調和するような方策も持ち合わせていないのだろうとも感じられる。もう少し経済通のブレーンが居れば良いのだと思う。この点も少し残念である。しかしまあ、かく言う筆者もそのような大上段から「理想の社会構造のありよう」を提示出来る程の構想も実行力も持ち合わせていないので、自分が出来ない事を他人に求めるのは無理があるなあとも感じるのであった。


(注4)企業や個人の判断を提供するものではない、とサイトで断っているので個人名等は挙げないでおくが、昨今本屋で出回っている成功本ブーム等には筆者は否定的である。

彼らは一見して経済的自由に至る道を示しているように見えるが、年金制度も終身雇用も崩壊した等と不安を煽った上で、人々を経済的成功あるいはマネーと言う概念の奴隷にする事に貢献し、「デキるビジネスマン/キャリアウーマンになりたい」と言った願望を持ちはするが中々そうもなり切れない、無知な消費者を食い物にしているようにしか見えない。

筆者も若い頃は色々成功哲学等の本も読んだが、読むに値する本は極めて限られているように思う。昨今の成功本ブームを演出している御仁の書籍の過半は、そう言った限られた価値のある書籍を、安直に、本当に人生にとって大切なエッセンスは除外して、質を落として/薄めてマネーメイキングやキャリアアップの書籍として焼き直ししただけである。こう言う本の筆者も読者も、早く目を覚ます事である。

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