2010年1月22日金曜日

映画「Matrix」と資本主義 その3

(出所:Matrix)

I know what you're thinkin', cause right now I'm thinkin' the same thing. Actually I...I've been thinkin' it ever since we got here.
お前が考えている事は分かってるぜ。オレも今同じ事を考えてるからな。実はここへ来てからずっと考えてたんだ。
Why, oh, why didn't I takie the blue pill?
なぜ、、、ああ、なんで青いピルを飲んでおかなかったんだろう、ってな?

I know this steak doesn't exist. I know that when I put it in my mouth, the Matrix is telling my brain that it is juicy and delicious. After nine years, you know what I realize?
このステーキが本当は存在しないって事は分かってる。口に入れると、マトリックスがオレの脳にジューシーでうまいという信号を送るだけだ。9年たって、オレが何に気づいたか分かるか?

Ignorance is bliss.
知らない方が幸せだって事だ。



さて、Matrixの話に戻ろう。


○そんなに簡単に上手くは行かない。

資本主義の真実を知り、従業員は従僕だと知ったネオは(あなたは)、そんなのやめて起業しよう、投資しよう、デキるビジネスパーソンになってキャリアアップしてヘッドハンターからお呼びがかかって会社を利用出来る位になろう。経済的自由を勝ち取ってザイオンをマシンシティから解放しよう。これこそがMatrixの呪縛から離れて成功し、自由になるための道だ。そう思うに違いない。


○起業はそんなに簡単な事では無い。

しかし、起業は9割がたは失敗する。

筆者の回りでも、色々な形で起業したと言う人等は少なからず見られる(勿論皆に成功して欲しいと思う)。

しかし多くは苦戦している。また、「会社員なんてやってられないから起業する」と言った類いの人も中には居たが、こう言う場合成功した試しは殆ど無いように思う。

何しろ、簡単に起業出来て参入障壁が低い分野、例えば飲食業や情報起業の類いほど、競争の激しい世界はない。コンセプトは簡単に模倣される。価格破壊も起き易い。

しかも、起業者の多くが、「アメリカでは〜」等と米国の話を真に受けたり、「チャレンジする事は素晴らしい」と言った地に足のついていない夢のうわごとのような事を言って、ベンチャー大国アメリカと日本の社会の違いを意識しないまま起業してしまう。夢を持つとか情熱があるとかも勿論人生では大事なんだが、地に足がついてない、現実が見えていないのはまずい。

アメリカの場合、起業して失敗してもリカバリーが比較的容易である。特にある程度良い大学を出て、MBAでも取っているなら簡単である。外資系のコンサルや金融に一回戻って、新しいビジネスが思い浮かぶまでは生活の建て直しをすればいい。比較的高給取りに戻れる。起業資金も、エンジェル投資家から投資してもらうだとか、あくまで企業名義で銀行から借金すると言う話なので、会社を潰しても最悪自腹で自社へ投資した分がパーになる、一文無しになるだけである。そして10回に1回でも成功すれば、9回分の失敗を補って余りある巨大なリターンが取れる。だからこそアメリカでは、挑戦する事、リスクテイクをする事自体に価値があるのである。ビバ、株式資本主義と言った所か。

日本の場合、そうは行かない。一回会社員世間を出て失敗した人間を、企業が受け入れるような懐の広さは中々無いのが実情である。会社員に戻れても所得は相当下がった所からの再スタートで、復帰に苦労する。日本の場合遺産相続の税金等の関係もありキャッシュを豊富に持つ富豪の層が薄いため、エンジェル投資家も少なく、起業しても資金調達に難儀する。起業の際に銀行に借り入れしようとなると、自分個人の家等を銀行から担保に取られたり、個人保証をつけられる事も少なくない。そうなると会社を潰した場合、会社の負債を自分個人が背負うような状況も有り得るし、こうなると再起はマイナスからのスタートとなる。会社員に戻る事が難しいのもあるので、こうなるともう、再起を図るのが非常に困難になってしまう。一歩間違えば、夜逃げ、一家離散のナニワ金融道の世界へまっしぐらである(注1)。

筆者の職業柄、ヘッジファンドを設立して独立する人も居る。ヘッジファンドは、「他人のカネを、しかも金利を払うのではなくて手数料を頂く手段で調達して、上手く行った際は成功報酬を貰える」と言う、ビジネスモデルとしてはまあ、言ってみれば最良の部類に入る。しかし、一方でそんなに美味しいビジネスなら新規参入がどんどん増えて競争が激しくなるのは当然である。実際やってみると、会社員時代相当に上り詰めた人、実績のある人でも資金集めに難儀する(注2)。

こうなった時に初めて、毎月決まった日に一定の給与がきちんと入り、風邪を引いても病欠で休めば良い上に有給休暇で旅行等にも出られ、クレジットカードも簡単に作れるしマンション等で引っ越す際に入居を断られる事もまずなく社会的信用も容易に確保される、「会社員の有り難さ」を思い知る事になるのである。正にMatrixのサイファーの気分である。


○投資も簡単には行かない

投資しようと言ったって、多くの個人の元手など大したものでは無いだろう。また、知識も極めて限定的だろう。
こう言う状況で儲けるとなると、FXや株の信用取引でレバレッジを利かせて勝負する事になる訳だが、知識が限定的でエッジが無いものにレバレッジを掛けると、過半は悲惨な結果で終わる。「カリスマFXトレーダーの必勝本」等が出ている背後には、無数の死骸が転がっている、と言う訳である。皆自分は死骸にならないと思って始める訳だが(注3)。

ジェイコム氏等のカリスマ個人投資家については、以下のような条件が重なったから成功したのである。

1、立ち上げ期にネット証券黎明期で、短期トレードにおける競合が少なかった。
2、2003-2005年の新興市場バブルのような幸運な追い風もあった(新興市場バブルがいつ起きるかを予想する事も案外出来るんだが、中々自分が正にその恩恵を享受出来る立場に居る時に都合良くは起きてくれないんだな、これが)。
3、もの凄い鍛錬しているし勉強家である。
4、生活も質素な上、資産が殖えた後は秋葉原の不動産を購入する等でキャッシュフローを安定させると言った脇の堅さもある。

更には、不動産のフルローン投資なんかも一時流行った。外資系金融やヘッジファンドのコミュニティでもこれをやったりやろうとしたりしている人も居た。しかし、空室率がちょっと増えて、家賃がちょっと下がってキャッシュフローが滞って借入返済が滞ったら終わりである。言ってみれば不動産版の超ハイレバレッジ信用取引みたいなものである。損が出て、追証請求されたら終わり。昨今の新興不動産やファンドの隆盛とその崩壊も、言ってみれば同様の類いである。金融緩和がなされて貸出金利が低い一方で、不景気で不動産利回りが高い(=不動産の販売価格が安い)時にはこう言うプレーヤーが必ず出て来て一時的に大金持ちになるが、景気後退期までにきちんとExitして利益確定出来た、不況も乗り切ったと言う話はたまにしか聞かない(注4)。


○キャリアアップして「デキるビジネスパーソン」になった先にある現実。

先日、外資系金融機関でかなりの地位まで行かれたが今般解雇された40代のかたが筆者を訪問して来た。
筆者が出来たのは案件を沢山持っているヘッドハンターを紹介する事位だったが、専門職でやって来て下手に年齢も地位も高いだけに簡単に転職先がある訳でもないようで、中々大変そうである。

これは筆者が自身の経験として実感を持って言えるが、キャリアアップ人生が楽しいのは30歳過ぎ位までである。この位までは、頑張れば相応に地位も年収も上がって行くし、ヘッドハンターからのお呼びも増えて来て、会社との立場がだんだん対等なものになって来る事を実感出来る。嫌になったら他があるから辞めれば良い、と言う選択肢を持つのと持たないのとでは企業社会をやって行く上での物理的/心理的な負担は大きく違う。

しかしこれ以降は、キャリアにもだんだん先が見えて来る。また、外資系金融の世界では40歳を超えると転職等もかなり難しくなる。その割に世間で言われているような「外資系投資銀行やヘッジファンドで稼いでアーリーリタイヤメント」が可能なほど金融資産が蓄積出来ている人も存外少ない。子供を私立の小学校に入れたり、ガツガツ働けるように職住近接で都心の高い家買ったり借りたりしているので、キャッシュの出る方も増えている事が多いからである。例えとして適切かどうか分からないが、一見高給で華やかに見えるが洋服や化粧代に都心の家賃等でキャッシュアウトも多くて比較的早い年齢でキャリア上の寿命が見える、銀座や六本木のホステスさんに似た財務構造になりがちである。先般話題になったJALのような手厚い企業年金等もない。キャリアの終着点、あるいはその先の落とし所をどこに求めるかを徐々に考える必要が出て来る。

何より、幾ら転職を沢山した所で、それだけでは何者にもなり得ないと言う事を実感すると言う現実もある。
転職キャリアアップライフを始めて間もない頃は、「自分に力がついて、他のもっと良い職場や職種が手に入りさえすれば、やりたい事が出来て、充実感も得られるはずだ」と思うものだろう。しかし、実際幾ら転職したって会社は会社である。どこでも制約だってあるし面倒な人間関係だって何かしらある。年収だって上がってみればこんなもんかと思う面もあるし、やれるまでは夢のような仕事だと思っていた職種でもどんな職種でも、当たり前だが大変な面や厳しい現実もある。そしてヒタヒタと自分の履歴書の「賞味期限」が来る事を実感し始め、冒頭の40代の外資系ビジネスマンの事が他人事ではない事を悟るのである。


○いやいや、でも成功出来れば夢のような暮らしが待っているんじゃないか?

言ってみれば、赤いピルを飲んだ先も大変な訳である。

それでも、「でも成功出来れば夢のような暮らしが待っているんじゃないか?」「お金持ちになって経済的に自由になれば幸せになれるんじゃないか?」と言う意見もあるだろう。次回はこの点について書いてみようと思う。


(以下注釈)

(注1)ナニワ金融道は勉強になるマンガである。法規等がかなり変わってしまっている面もあるものの、参考書としてお勧めする。筆者は一時期不良債権ビジネスに関わって居た事があるが、こう言う商売に関わると、正にこう言う世界を垣間見る事になる。「資本主義の修羅界」とでも言えばいいだろうか。



(注2)ヘッジファンドのビジネスを立ち上げるとなると、資金集めしながら運用もやらなくてはいけなくて、社内の人繰りやシステム整備もしないといけないと言う事になる。これ本当に大変である。普通の運用会社は、資金集め(営業)、運用、バックオフィスごとに部署があり、多数の専門家が従事している。これを起業すると一人でやる事になるのである。

しかも(これは筆者にも当てはまる事だが)、運用のプロフェッショナルの過半は運用オタクとしてのプレーヤーであり、営業や、人材育成や社内システム整備等のマネジメントとしての仕事に通じている訳でもない。また、運用以外の事もやらないといけないとなると運用の集中力も途切れがちになる。運用だけでも相当大変なのに、何と言うか、本当に大変である。

また、日本でヘッジファンドで起業となると、別の問題もある。日本市場自体の地位が落ち気味の事もあり、日本株のロングショート、と言うのだと需要も限定的になりつつある事も昨今実感するのである。中々受託資産額を増やせない。この点がまた難しい。

将来的に、例えば日本がパンアジアの一員、程度の位置感になった時、「日本株運用」と言う専門家ニーズがどの程度あるのかを考えると、筆者自身もうーんと考えてしまう事はあり悩ましい。例えば欧州がEU統合で大欧州として単一地域で見られるようになった今、「イタリア株式ロングショートファンド」「フランス株式専門のアナリスト」「スペイン株ファンドマネジャー」と言ったニーズがどの程度あるだろうかと考えると、何とも言えない気分になったりする。かといってグローバルマクロなんかで日本で起業した場合には、欧米ヘッジファンドと比較されて「何で日本人がグローバルマクロをやる所にエッジがあるの?」と聞かれたりする事になる。

まあそんな事言ってても何も始まらないので、筆者の場合は目の前のやる事に集中する、と言う事になる。とは言え一方で、上記のような冷静な判断を片隅に入れておく事もまた大切な事だとも感じる昨今である。


(注3)ギャンブルをやる際にはこう言った心理バイアスが必ずかかる。初心者のシロウトである程かかる。これを克服して、冷静に自分も多数の一人でしかない事を自覚し、自分のエッジがどこにあるのか絞って行くのが、投資やトレードをやる上でのとしての重要なステップである。行動経済学の分野を学んでみると面白いだろう。分かり易い参考図書は以下。


(注4)健全な資産形成に、レバレッジは筆者はお勧めしない。昨今「レバレッジ本」が流行ったりもしたが、レバレッジに笑う者はレバレッジに泣く事になる。

借入により過大な財務レバレッジをかけた企業や個人は、不況期には借入返済が難しくなりレバレッジに泣く。マスコミの力をレバレッジにしてカリスマになった者は後にマスコミに叩かれたりプライバシーが確保出来なくなったりしてマスコミに泣く。
レバレッジを全く掛けるなとは言わないが、レバレッジの力を使う際は細心の注意が必要である。特に最初のうちは失敗しても差し支え無い程度に小さく始める事が重要である。

そもそも、そんなに簡単に他人の力を借りてカネ持ちになれるのなら、銀行がなぜ自分で借り手が行うビジネスをやらないでビジネスを始めようとするあなたにカネを貸すのか、あるいはマスコミがなぜ無料で取材してくれたりするのか。無邪気にレバレッジ万歳と考えてしまうかたは、こう言う事についても少し考えてみた方がいい。カネを貸してビジネスが成功しても、貸し剥がして担保回収しても儲けられると言う貸す側の利益もあるし、カリスマを褒め上げる過程でもこき下ろす過程でも視聴率なり発行部数なりが稼げると言うマスコミ側のそろばん勘定もあると言う事に気づくだろう。

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