2010年2月27日土曜日

「資本主義Matrix」を超えて:マネーとの適切な付き合い方 続きその2


(出所:http://www.istockphoto.com/

「マネーとの適切な付き合い方」について、さらに続きである。

今までで、「適切な自己評価、自己信頼を持つ事。適切な自己信頼獲得のプロセスにおいては、子供時代の教育や親からの影響、過去のトラウマ等が複雑に関係している事も多いので、場合によってはコーチやカウンセラーも活用する事。」「負の感情で突っ走り過ぎない事の重要性」「他人と比較せず、マイペースで自分にとっての自分なりの”楽しい””幸せ”にフォーカスする事の重要性」等を書いて来た。

今回は、マネーとの距離感についての話である。


○マネーは、生活に必要な以上の分は「ただのクレジット・信用の概念を表す数字」だと知る。

次に重要なのは、マネー、お金に対する距離感である。

マネー命でそれのために突っ走ると言うのも、一方でマネーを毛嫌いして仙人のようになれと言うのも、どちらも現実的でないし、幸せになるとも言えない。

まず、マネーについて考える際は、その機能について注意を払う必要がある。
そもそもマネーとは、何て多くのかたは普段考えないだろうが、以下少々おつきあい頂ければ幸いである。

日々の生活のために必要なお金、例えばダイコンや肉を買うためのお金、家賃や光熱費などは、「交換手段」としてのお金であり、この分に必要なお金を稼ぎたい、この面で困らない程度の余裕を持ちたいと言うのは、至極健全な精神である。マネーは悪だとばかりに、余り禁欲的になり過ぎるのも良くない。このサイトや他のサイトを見て、適度に就職先を見つけるなりキャリアアップして、少なくともこの点で困らない程度には適度に稼げるようになり、少しづつでも構わないので貯蓄をして、更にゆとりが出て来たら投資をしたり、副業をしたり、と言う形で、現実的で堅実に一歩づつやって頂けば良いかと思う。

一方で、生活に必要な以上のお金と言うのは、「信用創造/収縮機能としてのマネー」「パワーや権力の多寡を概念的に代表するマネー」である。筆者のような金融ビジネスに属している人間が扱うのは、こちらの意味でのマネーである。また、生活に必要な以上のマネーを稼ぎたいと言う欲望であるとか、ブランド物や宝石、子供を幼稚園や小学校から私立に入れて世間が羨むような教育を子供に施さないといけない等の、生活に必要な部分を超える消費に当てられる分のマネーと言うのもこちらに属すると考えた方が良い。こちらのマネーは、単なる概念的な数字、程度に考えておくべきものである。

ポイントとしては、前者の「交換手段としての”お金”」については現実的で堅実な知識とスタンスを確立する事と、後者の「信用、パワーの大小を表す概念としてのマネーの機能」に余り振り回されない事である。

健康で、仕事等を通じて他人に貢献しようと言う気持ちがありさえすれば、前者の「交換手段としての”お金”」位は比較的何とかなるものである。まずこの点をしっかり確認しよう。

一方で、国家の財政破綻とか、老後の年金破綻とか、色々な手段で「マネーが無い事に対する恐怖」を煽るような情報が世間に満ちて居る。

勿論将来的に日本の財政や年金機能が機能するかについては、かなりモデレートで大人しい言い回しをしても「極めて微妙な状態」にある。従って、年金等は自分で用意しておく必要があると言う現実を直視する事は勿論大事ではある。

しかし、余りこう言う情報に振り回され過ぎて、恐怖や欲望を煽られない事は重要である。こう言う恐怖や欲望、あるいは各個人が抱える負の感情や心の隙間に付け込んで、「信用、パワーの大小を表す概念としてのマネー」に対する欲望や、あるいは逆にこう言う概念としてのマネーを持たない事に対する恐怖を煽る事で成り立っている産業や会社、人間も、世間には沢山居る(筆者がこう言う世界に近い所に居るから、尚更実感される)。こう言う誘いには乗らない事、距離を置く事である。

学級崩壊しているからお受験させないといけない?子供を一流大学に入れないといけない?お子さんをお金が無いから不幸にさせるなんて親としてひどいでしょう。ほら、周囲の親御さんもお受験しますよ。だからそのためには多額のマネーが必要?
年金は破綻するから投資商品を買わないといけない?あるいは老後に備えてマイホームを買っておかないといけない?
社会は二極化しているから勝ち組になるために「成功」しないといけない?

こう言う情報の過半は嘘っぱちで、関連産業にて強欲に「信用、パワーの大小を表す概念としてのマネー」を求める人々の単なるセールスピッチに過ぎない。上手いタテマエやリスクを利用して恐怖や欲望を煽ると言うのは、詐欺や押し売り等も含めて、よく使われる手法である。

教育は元来親がするものだ。親からの遺伝として子供もある程度勉強に向いていて、親がのびのび育ててやれば、田舎の公立学校でカネを大して掛けなくてもその辺の一流大学位なら合格出来る。語学力なら親が英語位教えてやればいいし、数学や科学、社会等も同様である。親が子供に必要に応じて適切な教育が出来る程度の知性も、無理強いせずに自然な子供の好奇心を伸ばしながら学ぶ環境を作るような成熟した品性もないなら、子供に勉強の世界でエリートを求めるのは無謀と言うものである。自分が出来ない事を子供に期待しないように。また、自分が出来ない事を無闇にマネーの力で埋めようとしないようにと言う事である。大量のマネーを突っ込んでまで勉強させないとソコソコの大学に行けないと言う事なら、その子供は無理に勉強ばかりするより別の分野に進んだ方が才能も発揮出来るし、惨めな思いをしなくて良いし、幸せで良いと言う事だ。投資効率だってさっぱり良くない。別に高等教育を受けさせる事だけが、子供に社会でやって行く力を付けさせる手段ではない。きちんと生計を立てられる仕事は他にも沢山ある。こう言う事を無視して、半ば周囲に対する見栄と虚栄心で子供に高等教育を受けさせる方向で突っ走ると、高くつく事になる。

年金は破綻するかも知れないし、マネーに対するリテラシーはきちんと持っている必要があるのは事実だが、投資や副業や起業やを焦る事はない。特に20代位のうちは自分に投資する事、自分の今目の前にある仕事を着実にキチンとやって行く、自分の仕事に関連する資格なりスキルなりがあるならそう言ったものを一つ一つクリアして行くのが一番リターンが高い。30代以降は、運動や食生活、過剰に働き過ぎないで休む等の「健康への投資」が重要だろう。健康に65歳か70歳位まで働けるのであれば、別に必ずしも高所得である必要はない。投資とか副業とか起業とか言うのは、その次位のプライオリティで少しづつ取り組んで行けば十分な話である。

また、マイホーム神話は、以前書いた通り、銀行と不動産デベやゼネコンの策略と言うか、巧みなセールスピッチに過ぎない。新築の家やマンションはとっても割高で、買った瞬間に3割価値が減耗する。頭金が3割以下で他に目立った金融資産等がないなら、新築を買った瞬間にあなたのバランスシートは債務超過で、昨今話題になったJAL等と同じ経営状態になる。日本は既に資本ストックの蓄積が進んでおり、住宅についても同様である。これを活用しない手はない。ここと言う定住する場所が見つからないうちは賃貸で済ませて、良い場所が見つかったら中古の家やマンションを買ってリフォームしよう。それで十分である。勿論経済的に余裕があるのであれば自分で設計した家等建てるのは素敵な事であるが、この辺は趣味の世界であり、Mustではない。前回書いた通り、他人と比較して、「自分はマイホームも建てられない」等と嘆く必要は全くない。

更には、別に「成功本」が書くように10倍情報インプットを増やしてアウトプットを20倍にして時間を分刻みで管理して、何て事まで、したければすればいいが、したくないなら別にそこまでする必要はない。筆者からすれば、そこまでキリキリやって、「So what?」「何か楽しいの?」と言う境地である。

大体、そんなにキリキリしないと成功出来ないビジネスは、ビジネスモデル自体、属している業種や立ち位置自体に欠陥があると考えるべきである。成功している人の過半は、物凄い頭が良いとか才能があるとか、寝食を犠牲にしたり分刻みで行動したり情報摂取のスピードを10倍にしたりしているから成功している訳では無い。まあ普通にある程度かある程度以上は努力し続けている中で、幸運にも、自分に合った分野でもって、良いタイミングに、良い場所に居合わせる事が出来た、これで成功していると言う場合が過半である。巡り合わせとか、(セレンディピティとか偶然の必然等でもない、本当のただの、単なる、サイコロ丁半ばくちと同じ類いの純然たる)偶然あるいは外部環境(例えば景況感や、シュウカツの学生で言えばリーマンショックの起きた時にたまたまリーマンで内定を貰っていたのかJPモルガンで内定を貰っていたのか等)に、成功する/しない、特に経済的成功については左右される事も多いものである。余り経済的な成功する/しないと言う結果だけに、こう言う意味でも拘り過ぎない方がいい。心身が消耗するだけである(注)。

話を元に戻すと、その辺の「成功本」に書いてあるように、分刻みで時間管理をして情報インプットを10倍にしてデキるビジネスパーソンに・・・などなる必要も必ずしもないと言う事で、特に20代のうちは、会社員をしながら各自の出来る範囲でスキルや実績を重ねていけばそれで十分だろう。そして先に書いた通りで、将来の会社リストラへの対策、老後の対策、投資や副業や起業やはその後の話で、30代入ってから、仕事のキャリア構築が一服し始める辺りから、位で焦らず少しづつ考えていけばいい。

「信用、パワーの大小を表す概念としてのマネーの機能」にどっぷり漬かってしまっている成功カウンセラーやら金融マンやら成り上がり起業家やら、あるいは時にはセクシーな異性だったりするが、こう言う類いの巧みな誘惑、恐怖と欲望を煽るセールスピッチに振り回されると、マネーに人生を振り回され、彼らに自分の「交換手段としての日々の生活のお金」を収奪される事になる。気をつけよう。

毎日楽しみながら、各自の出来る範囲で、他人や周囲の人に貢献しよう、自分の持ち味の出る分野でスキルや実績を積んで行って、貢献出来る量を少しづつ増やして行こう、こう言う事がシニアになってもちゃんと出来るように健康で居よう。こう言うスタンスさえあれば人生案外何とかなるものである。

そんな訳で、肩の力を抜いて、「日々の生活に必要な、交換手段としてのお金」についてきっちりと現実的で堅実なスタンスで望んで、「信用、パワーの大小を表す概念としてのマネーの機能」からの誘惑に対しては、これはただの概念を示した数字に過ぎない・これが増えようが減ろうが自分の価値の多少にも幸せ度合いの多少にも何の影響もない、と言う考え方で、慎重に距離を取ろう。これが、「資本主義Matrix」に翻弄されてマネーに人生を引きずり回されずに、マネーと幸せを両立するポイントである。


○参考図書

今回の話に関連して一番参考になる書籍は、以前も紹介した以下である。


「灰色の男」に、ちょっとした心の隙を突かれて、キリキリと合理化して、「信用、パワーの大小を表す概念としてのマネーの機能」に翻弄されると、このお話の通り、不幸になる。ゆったりと構えて、各自のペースで楽しめる範囲で仕事やキャリアアップ等していれば、必ずしも金持ちにはなれないが、幸せに過ごせる。映画Matrixと並んで、凡百の経済学の本や成功の本より、資本主義の本質を突いた本である。

ちなみに「灰色の男達」の言う事が、昨今の「成功本著者」の言っている事と酷似していると言うか全く同じなのも面白い。まるで上記書籍を読んで、「灰色の男に私はなるぞ!」と決めて書いているかのようである。


(以下注釈)

(注)この辺の事情は、以前にも紹介した、タレブによる以下が好適。


経済的に成功した人の多くは、「カーネギーだかナポレオンヒルだかの成功哲学本を読んでこの本の通りに前向き全開に努力して頑張り続けて、幸運を掴むために偶然の必然、セレンディピティと言った事を重要視している事が統計的に多い」かも知れないが、「カーネギーだかナポレオンヒルだかの成功哲学本を読んでこの本の通りに前向き全開に努力して頑張り続けて、幸運を掴むために偶然の必然、セレンディピティと言った事を重要視している人々」のうち経済的に成功した人が出る確率は大して高くない・・・とかそう言う、凡百の「成功本」著者の商売あがったり的ながっかり全開の事実が、凡百の成功本著者より遥かに知的で数学・統計的にも正しく、かつ論理倒しでなく直観にも訴える形で、毒舌全開で面白おかしく書いてある。平時は知性も倫理も大してあるとも思えない金融業界(あっと、言ってしまった。汗)から、時折こう言う知性と倫理に溢れた人物や、哲学的とさえ思える著書が出て来るのが、この業界の何とも面白い所である。

また、結果にだけ拘り過ぎると、バーンアウト等の症状になり易い事も心理学の分野では研究されているので、この点も付け加えておく。金銭的な目に見える成功ばかり求めてしまい、プロセス自体、今この瞬間が楽しいかどうかと言う事をないがしろにして走り続けると、燃え尽き易いと言う事である。そう言う意味でも、筆者からは金銭的成功を意識し過ぎない事を勧めたい。この辺は以下も参照。

2 件のコメント:

  1. >30代以降は、運動や食生活、過剰に働き過ぎないで休む等の「健康への投資」が重要だろう。健康に65歳か70歳位まで働けるのであれば、別に必ずしも高所得である必要はない。

    その通りだと思います。
    4月から金融機関で働くのですが、金融機関はストレスや過労で寿命が縮まりそうで少し怖いです(笑)

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  2. 確かに、部署やポジションによっては、擦り減りますね〜・冷汗

    まあ、なるようになります、なるように(^^;)。

    色々ある業界ですが、タレブみたいな人物・著書も出て来る面白い業界でもあるのは確かです。

    明日は誰にも分からないので、瞬間、その瞬間を味わい切る事に、互いに集中しましょう。そうすれば道は自然と開けるでしょう。たぶん。

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