2010年5月8日土曜日

パンツの透け具合に対する判断、一声で100本

彼女はコロナの瓶に唇を付けると一気に半分位まで飲み、むはーっっったまらんねぇにやにやでへでへだねぇキミ、と新橋のおっさんのような口調で感嘆のため息をついた。実は案外年なんだろうか。国籍も不明なら年齢もよく分からなくなって来た。そして平日の昼間から日本の首都圏郊外の海べりのカフェバーで一杯やっている女性とは一体何者なのだろうか。観光客、あるいは専業主婦の有閑マダム、あるいは飲食関係や水商売等の夜からの仕事をしているか、あるいは単に会社を今日は休んでいるのか。ないしは見た目は学校をサボっている大学生にすら見える。彼の頭の中はクエスチョンマークで一杯だった。しかし相手も自分の事を何者だと思っているかも知れない。快い陽気の中で酔いも回って来て、モノを深く考える事が次第に彼は面倒になって来た。

「ところでキミは誰?」

先手を打って彼女が質問して来た。ああ、僕の名前はxx、34歳の中年。最近離婚してバツイチで、その上勤務先でリストラがあってこの年で無職中。今は退職金で休暇中。僕はそう彼女に告げて、個人用の名刺を彼女に渡した。

「34歳には見えないね、ワタシと同じ位か少し上位と思った。バツまでついちゃって、案外人生一周したオジサンだった訳だ。で、パッケージ貰ってお休み中と。CFA協会認定証券アナリスト、社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。てことは、ファイヤーになったのは金融の仕事?アナリストとか?これは奇遇だねぇ」

縁側のおばあちゃん調で彼女は続けて、名刺を2枚僕に渡した。金融業界以外ではCFAを知っている人は珍しい。もしかして同業者か。あるいはヘッドハンターか。適度に酔いが回った彼の心は多少曇った。金融の事は当面忘れたくて海べりの小さな町に滞在していた所だった。僕は2枚の名刺のうちの1枚を何の気無しに確認した。

プラチナムスタンレー証券
マネージングパートナー
戦略投資部 グローバル戦略投資本部長
xxx xxx

彼の酔いは完全に醒めてしまった。プラチナムスタンレーと言えば米系の投資銀行で、米国では財務長官等も多数輩出している、いわゆる外資系金融業界、あるいは世界経済のど真ん中の会社である。戦略投資部と言う事は、自己勘定投資部門、社内ヘッジファンド部門だろう。稼ぎの過半を上げている部署だ。住所はニューヨークの本社と思しき住所が、電話番号は1-・・・で始まるアメリカの電話番号が記載してあったが、名刺は表が日本語で裏が英語の、日本用の名刺だった。所属はニューヨークだが、頻繁に日本には来ているようだ。

プラチナムスタンレーのニューヨーク本社でプロップトレーディング部門でパートナーと言うと、一言で言えば”もの凄いお偉い”である。年齢詐称?アンチエイジングでもしているだけでやはり案外年なのだろうかと彼は想像を巡らした。しかし彼女の弁によれば彼女の方がだいぶ年下だと言う事である。あるいは経歴詐称?米系投資銀行に、エスニック調の長袖にロングスカートでノーメイクでブラが微妙に透けていて縁側のおばあちゃん調のユルい話し方でお人好しそうな雰囲気をした女性が居ると言うのが中々理解が行かないが、例えばパートナーでなくて何かの間違いでこの業界に迷い込んでしまったジュニアの若者位なら時折ある話である(しかし大体こう言う場合業界のカルチャーに耐えられなくなってしまって長く続かない)。あるいは年齢詐称と経歴詐称の両方なのか。あるいは何かの冗談だろうか。彼の頭は混乱した。

「こらこら、年齢詐称でも経歴詐称でもないよ。年は男性からは聞きづらいから最初に答えてあげると26歳、経歴は見ての通り。海外の学校だと、飛び級があるでしょう。こう見てもトレーディング歴10年のぷちベテランであります。ワタシもプラチナムスタンレーはもう直ぐ退職なのよ、何か飽きちゃってねぇ。今は休職扱いで、東京に挨拶と、あと起業する会社でちょっと用事があって東京に来て居て、あとはせっかくだから海べりでにやにやしようと思ったのよねぇ。温泉も行きたいねぇ。せっかくの日本だし。」

言わんとする事は分からなくも無いが、飛び級で10代半ばで大学を卒業しているのも、経験10年でパートナーなのも、相当異常だ。相当トレーディングで稼いだに違いない。彼は「起業する会社」を確認するために、もう一枚の彼女の名刺に目をやった。こっちは最近作ったばっかなのよね、競業禁止だから会社はまだ無いんだけど、と彼女が加えた。

ブルーシールドキャピタル
代表取締役CEO兼CIO
xxx xxx

こちらは聞かない名前だ。ブルーシールドキャピタルの方は香港と東京の住所が記載されていた。大手のiBankで社内ヘッジファンドのヘッドをやるのは飽きた、あるいは昨今の金融規制強化の煽りを食うのは嫌だから退職して、ヘッジファンドでも自分でローンチして、節税のために香港を本社にして、リサーチオフィスを東京で開設したい。そんな所だろうかと彼は想像した。

「まあ中々に当たらずも遠からず、良い線の推測ねぇ。さて、同業者だと確認出来た所で、キミは何をしてたのかね?ここでにやにやして、ワタシのほんのり透けてるブラとフトモモに内心デヘデへする前は?」

彼女が「新橋のおっさん調」で質問したので、少し前までヘッジファンドで日本株のロングショートの運用をしていた、しかし日本株のヘッジファンドはジャパンパッシングつまりキミみたいな同業者のお偉いに説明するまでもないけど世界における日本の地位低下の流れの中でAUMつまり運用資産額が軒並み落ちてしまったし、僕の会社も僕自身もその煽りを受けた、僕も離婚の事等でこの1年位運用どころでは無くなってしまった事もあり正直運用に集中出来なくってそう悪くもなかったがさりとて目立ったパフォーマンスを上げられなかった、社内政治なんかも苦手で自分の立場を守り切れなかった、それで海べりで昼間っからビールにカクテル飲んでのんびりしているんだ、若いのに凄い立場のキミと違って僕はただの兵隊の一人に過ぎなかったし、世界も会社も僕が居なくてもそれなりに回っているし、今は嫁さんも居ないから僕自身も気楽にしている。確かにキミのブラとフトモモが仄かに透けている事は確認したし応分にむっつりスケベなのは認めるがデヘデへまではしていない、おじさんをからかわないように。これでいいかな説明は。彼は半分投げやりに答えた。

「おおー随分率直にして正直な説明ですな。でもブラにフトモモまで行って、パンツも透けてないかなとかちょっと思ったでしょう。安いエスニックの服って、これが微妙に難点なのよねぇ。楽天4755の通販で買ったんだけど。」

語尾に独特の縁側のおばあちゃん調と新橋のおっさん調を織り交ぜる彼女は、僕の話をゆっくりうんうんと頷きながら聴いていた。それにしてもプラチナムスタンレーのパートナーが楽天の通販で多分1980円あるいは2980円位のエスニックの服装と言うのが余りに不釣り合いのように思われた。年俸で言えばMillion$、しかも10Million$単位、円なら10億円単位で毎年貰っていてもおかしくない立場のはずだ。大体どうして、こちらの考えて居る事が筒抜けなのだろうか。

「物事は、”書かれたそばから読まれて行く”のよ。覚えておくと良いと思うよ。セルサイドのレポートもそうでしょう。一生懸命100ページのレポートとか書いても、あっという間にマーケットに織り込まれてしまう。エスニックの服は、ワタシのシュミなのよねぇ。東京に来るとついつい買っちゃう。エコでロハスでニューノーマルな昨今、投資銀行行ってフェラーリ乗ってとか言う必要もないでしょう。ウォーレンバフェットだって、いまだにオマハの田舎でボロい家に住んでるし・・・。元本を減らさないで、入る方を増やして出る方を減らすのが投資の大事な所なのですな。第一、贅沢とはカネを使う額の多少は余り関係なくて、例えば気に入ったリラックス出来る服を着て昼間っからビール飲んでデヘデへしている今まさにこの瞬間のような事を指すのよ、そう思わない?今ここで酔っぱらってパンツ見たさにデヘデへしているキミなら分かるはずだけど、どうかなぁ?」

彼自身がパンツも透けて欲しくてデヘデへしているのではないかと、彼が幾ら否定しても彼女は決めつけに入っている様子である点以外においては、特段彼女の言う事に彼は反論は無かったので、その通りだと彼は頷いた。もしかしたら僕は本当に彼女のパンツも透けていて欲しかったのかも知れない。彼は自分の思考が彼女に浸食されつつある事を感じた。

「大丈夫、他人の心の領域を浸食する気はないし、自分自身が大事なのと同様に他人の領域も大切にしている。キミがワタシのパンツまで見たかったのかそうでないのかの選択権はキミにあるし、キミはその点において自由なのだよ。そして実際パンツを見せるか見せないかの選択権はワタシにある。ブラに関しては多少透けても良いと言う選択をした。どうせ知り合いにも会わないだろうし、楽な服装で潮風を楽しむ事にプライオリティを置いた。その点、透けたブラに萌えるか萌えないかはキミの自由だから、デヘデへのキミを特段批判はしてない。ワタシは自分の判断を後悔する事はまずないのよねぇ。状況に応じて頻繁に判断を変える事はあるけど。マーケットに接していたなら、この辺の感覚は分かるよね?」

彼女の言い分に彼は妙に納得した。この女性は案外信頼出来るかも知れない。少なくとも言っている事がフェアで上下、支配/被支配の関係がない。得てして政治的でフェアネスに乏しい金融業界においてそれは案外貴重な気がした。マーケットに集中している人間の、健全なモノの考え方のようにも思えた。

彼はしばし熟考の末、素直になる勇気を出すためにブルーマルガリータを一口飲んだ。やはり僕の希望としては彼女のパンツまで透けてて欲しかった、色を確認したかった。微妙にスカートから透けてパンツの色が分かる、そのチラリズムにロマンを感じたい自分が居たかも知れない。例えば服装がエスニック調で色気が無いのにパンツの色が派手だったらそのギャップにポジティブサプライズで株価急騰だったかも知れない。期待値の低い企業の決算が存外良い時みたいに。彼はそう判断する事にして、彼女に伝えた。

「なるほど。そうなのか、そういうものなのねむっつりすけべの心理構造と言うのは。勉強になるなぁありがとう。よし、気に入った。取り敢えず100本、100本だねぇ。これからローンチするブルーシールドキャピタルの受託資産のうち、100本を、ニヤニヤで人生一巡めぐってお休み中な上にむっつりすけべでデヘデへでパンツの色を透けそうなスカート越しに確かめたかったオジサンのキミに任せようでわないかぁ・・・ダメ?」

僕の話を最後まで聞いた彼女は、そうおもむろに切り出した。

彼は、彼女が一体何を言っているのか分からず、唖然とした。

100本とは、100億円である。

「気に入った」と言われても、今までの僕の説明の何が気に入ったのかもさっぱり分からなかった。ただのつまらない、良くあるバツイチの、カリスマでもなんでもないその他大勢のヘッジファンド屋の一兵卒の顛末と、パンツまで透けていて欲しかったかどうかについての僕の素直な判断と意思表示を話したに過ぎない。レジュメも見せて居ない。トラックレコードも伝えていない。大体、女性に実はパンツの色を確認したかったと伝えてありがとうと感謝された上に、仕事のオファーまでされるのは人生において初めてである。本気で言っているのだろうか。

大体、幾ら若くて投資銀行で上り詰めたとは言え、一声で初対面の冴えない元運用屋に100本任せられるスタートアップのヘッジファンド「ブルーシールド」とは、一体何者なのだろうか。日本株のヘッジファンドの世界では、かなり有名でシニアの人物が独立しても、昨今中々100本も集まらない。彼は信じられない彼女の発言を何とか飲み込むために、時間が経過して既にぬるくなっていた残りのブルーマルガリータを一気に飲み干した。


殆ど不確かで訳が分からない状況に直面していた彼だったが、彼女の最後の「・・・ダメ?」の一言には年齢相応の女性の可愛らしさが確かに感じられた。彼は胸が高鳴る感覚を少しだけ、久しぶりに思い出した。

0 件のコメント:

コメントを投稿