2010年6月26日土曜日

パワースポット訪問:熊野詣で その3


(湯の峰温泉の公衆浴場)

さて、色々あって随分ブログのUpdateに間が空いてしまった(”色々”についてはまた改めて書く予定)。
熊野詣での続き、2日目を駆け足で紹介しておきたいと思う。

上記の湯の峰温泉の公衆浴場は、世界遺産の「つぼ湯」がある。日本でも最古の部類に入る昔からある温泉との事で、小栗判官と照手姫のロマンスの伝説で縁の深い温泉である。確かにお湯も良かった。

二日目の朝、民宿のおかみさんに御礼を言って、湯の峰温泉を後にする。バスに乗る。一本逃すと1時間以上後にならないと来ないので、朝の6時前に起きて、間に合うように万全を期した。

バスには通学の中学生や高校生が乗っていた。1時間に一本も無いバスで、近隣の繁華街である新宮にある中学や高校まで1時間位かけて通学。中々大変である。時刻表を見た所夜も非常に早い時間に終バスが終わってしまうし、夜遊びも出来ないだろうし部活や塾はどうしているんだろう等と色々考えてしまった。色々な子供時代があるんだなぁと、大自然の光景を観ながらぼんやりと考えた。

バスに揺られる事1時間ちょっと、熊野3社の1つである熊野速玉大社に到着。繁華街の比較的近くにあるせいか、清々しくはあるものの、大斎原のような「瑞々しい気でびりびり来る感じ」までは行かないかなと言う印象。

こちらが入口。やはり、何も願い事はしないでひたすら感謝だけして来た。

神社の敷地内にある樹齢600年?位の楠の木。中々に心地よかった。樹齢の長い木の傍に居ると、護られているような気持ちになるのが不思議である。楠の木にも感謝しながら、熊野速玉大社を後にする。敷地はそんなに広くないので、結構あっという間に次の場所へ。

こちらは、熊野速玉大社から徒歩10分くらいの所にある、神倉神社の入り口。かなり急な山道の階段が500段位続くらしい。運動不足の中年入りかけには中々に大変な運動である。

神倉神社に続く山道。中々に心地よい。こう言う樹々と木漏れ日を感じられる場所があちらこちらにあり、本当に心地よい。一方で、熊野詣でとはすなわち歩く事でもある。これは今後行かれるかたは覚悟しておいた方が良いかもしれない。結構良い運動にはなるが、思ったよりハードでもある。

神倉神社に到着。神社自体はこじんまりしている。

神社からの眺望。新宮市街と伊勢の海が一望出来る。

神倉神社を別の角度から撮影したもの。上のどでかい岩が、神様として祀られている。この岩は、大斎原未満、熊野速玉大社以上位のソコソコ強い気を放っている感じもした。熊野速玉大社に行くなら神倉神社は多少歩くのが面倒でもぜひ行く事をお勧めする。

ちなみに不勉強で筆者は今回初めて知ったのだが、神道と言うのは、神倉神社のように岩とか滝とか自然を「神様が降り立った地」等として神様として崇拝するような感じらしい。他宗教にも寛容で、その上熊野においては昔から男女問わず、身分問わず、病人や健常者等も問わず、広く参拝を認めていたらしい。更には熊野の少し北にある高野山等は比較的政治に近い所に居た一方で、熊野については天皇や上皇等が熊野詣でをする事は相当頻繁にあったものの、全般に権力とは比較的距離感を持って接していたようである(注1)。こう言う背景は筆者の性格にマッチしていて良かった。筆者は無宗教だし、”宗教宗教した”感じと言うか、押しつけがましいのは余り好まない。政治的な色彩の強い神社も敬遠気味である。強い気を放っているパワースポットの瑞々しい自然を肌で感じましょう、位の方がしっくり来る。

神倉神社を後にして、新宮駅まで歩いて、観光案内所で今日の夜の宿の手配や明日の観光の手配等をした。そして熊野三山の最後の1つ、熊野那智神社へ電車で20分+タクシーで向かう事に。電車はワンマンバスみたいに電車の中でバスの料金表みたいのを観て料金を払う事が出来るようになっていて、新鮮だった。写真には撮れなかったが美しい海べりを走る電車で、かなり趣があって良かった。美しい海岸のある那智駅を下りて、タクシーで大門坂へ向かう。


これが熊野那智神社の入り口、大門坂の傍の風景。すっかり山である。気の強い土地は大体において、比較的狭い地理の中に、海、河等の「水」と、山が濃密に配置されていて変化に富んでいる。風水的にも気の強い地形と言うのはそう言うもののようである。


大門坂の入口。
大門坂の入口その2。また階段、そして階段。熊野詣では結構鍛えられる。

大門坂の入口にある夫婦杉。樹齢800年だそうだ。1200年と言うと、鎌倉時代である。気が遠くなりそうである。国道から非常に近い所にあるにも関わらず、夫婦杉をくぐると完全に別世界である。樹齢の長い樹々と言うのはそう言った力があるように思う。


大門坂の中。ご覧の通り、非常に雰囲気のある、これまた瑞々しい気を放つ古道である。熊野一帯の古道は全て世界遺産であり、ここも勿論世界遺産である。大門坂の散歩は大いにお勧めである。

大門坂から歩く事30分ちょっと。熊野那智大社の入口。階段、階段、また階段。。。

那智の滝と3重の塔の風景。絵はがきに出て来そうなべたな写真になってしまった。気の強さは、うーんどうだろう。神社の門前もお土産屋が軒を連ねたりしているし、大門坂を歩かなくてもバスだけで簡単に行けるようになってしまっていてツアー客なんかも結構来るし、3重の塔は近年に作られたものらしく入場が有料の上普通にエレベーターとかあるし、ちょっと俗っぽい印象も受けた。言ってみれば正直そんなに強い気は感じなかったように思う。大門坂の夫婦杉や古道の中の方が気が強かったようにも思う。熊野那智大社に行く場合は、面倒くさくても大門坂から歩く方が、パワースポットとしての熊野を実感出来るように思う。

ただ熊野那智大社の面白いのが、神社であるにも関わらず、仏像も置いてある点である。元々神道は「神仏習合」と言って、言ってみれば神道の神でも仏教の仏でも構わない、と言う大らかな面がある訳だが、それを実感出来た。思わず仏像に対して、神社でやるように拍子をしてお祈りしてしまったが、別にそれでもそんなに違和感ない感じだったし、館内のかた等から咎めたり変な目で見たりはされなかった。筆者のような宗教心の余りない人間でも受け入れ易くて良い発想だなと思う。

ところが明治時代になって、明治政府の政策により神仏が分離されるようになった上で神道は宗教ではないとして政治の材料に組み入れられる等したようで、更にはこの流れの中で区域内の神社の数等に規制が入ったらしく、中小の神社が結構取り潰されてしまったようである。文明開化、富国強兵の中で、西洋に追いつけと言うので忙しく、神道も政治的色彩も帯びるようにもなり、神仏習合で純粋に「自然に宿る気」や「各人の中に在る神」等を感じ取ると言う発想も減衰してしまった向きもあるようである(注2)。残念な話ではある。

神社の周囲は大体気の力が強く、樹木等も長寿の御神木等が育ち易い環境である事も多い(と言うか、そう言う場所に神社が建てられて来た、と言う事のようだ)ので、そう言った自然が神社を取り潰して再開発等されてしまう事で崩れてしまうと言う面もあったようだ。南方熊楠と言う明治時代の学者も政府のこう言った政策には反対していたようである(注3)。南方熊楠の滞在地跡、と言うのが大門坂の入口辺りにあった。

こちら滝の近くまで行った写真。神倉神社の岩同様、滝自体が神様として祀られている。滝の近くはマイナスイオンも充満している感じがして、結構神気ある感じがした。ちなみにここの水で作られている「那智の滝」と言う日本酒が非常に旨かった(注4)。

熊野3山を全て巡ったぞと言う事で微妙に自己満足に浸りつつ、熊野那智大社を後にして、新宮に戻り、電車が全然無いので新宮駅からタクシーで6000円かけて次の花窟神社へ。

こちら花の窟の入口。

花の窟の内部。イザナミノミコトが祀られている巨石の写真。もの凄い強い気が出ているのが霊感が無くてもよく分かった。大斎原と同様の感じ。イザナミノミコトが祀られている神棚みたいな所は、ちょっと恐れ多い感じがしたので撮らなかった。場所的には新宮駅から電車で30分、タクシーで6000円分くらい名古屋方面に北上したちょっと行きにくい場所にあるものの、パワースポット巡りをするなら、花の窟は絶対行く事をお勧めする。実際、熊野詣でをする前に、知人に花の窟には必ず行くと良いと勧められたが、その通りだった。瑞々しくて決して怖い感じではないものの、ちょっと恐れ多い位の気を感じて身震い(ほんとにします)しながら、感謝の祈りをした。気の強い所は地場、磁力が強いとも何かで読んだようにも思う(注5)。行って良かった。

さて、帰りは電車の時間がある事を確かめていたので、大急ぎで最寄りの「熊野市駅」に行き、新宮に行った。民宿を十津川温泉郷と言う所に取ったのだが、16:55新宮駅発のバスが最終で、これに乗り遅れると宿に到着出来なくなるのだ。この辺はバスも電車も本数が少ないので、レンタカーを使う方が効率は良いかも知れない(しかし熊野詣でのため長時間歩きっぱなしになる事に加えて山道の長時間ドライブで、ちょっと疲れそうではある。電車やバスだと車内で寝られるのが良い面ではある)。電車やバスの移動だと、結構不便な面はあった。不便だから自然が残っていると言う面もあり、これはトレードオフで仕方無いのかも知れない。


バスに揺られる事2時間、十津川温泉郷に到着。霧がかっていて、どこか全く別の世界に来たような気分だった。民宿に入って、8品だか10品位あるちゃんとした晩ご飯を頂いて、温泉に入って、2日目が終了。

(注1)参考書籍は下記。


(注2)ちょっと脇道にそれるが、本文と関連して「西洋的価値観vs東洋的価値観」「科学vs宗教」の話をすると、明治維新とは西洋的価値観と科学の礼賛と東洋的価値観と宗教の軽視であったと言える。一方で現代においては、量子物理学を突き詰めた結果、科学の世界が「気とか神様とかあの世とかの世界」「東洋哲学」に接近すると言う結果になっており、むしろ西洋の科学、特に明治維新の頃に西洋でメジャーだったニュートンやラプラスやらの力学の世界は完全に時代遅れになって居る。この点考えるのは中々に面白い。

そう言えば物理学も生物関連の世界もどんどん進んでいるように思われるのに、金融の世界だけ、「ロジカル万歳」(面接でもこう言うのを問う所が多い事、多い事・・・)とか、「全体を細部に分解して評価して足し合わせれば全体を適切にValuationが出来る」とか、「定量化して数字で評価すれば何事も評価出来る、あるいは定性的であるより数字が伴う方が説得力がある」とか、「何かモデルを組んだら絶対的な価値の評価だか、何がしかの予測だかが出来る」と言う前提で回っており、思いっきりニュートンやラプラスの超絶時代遅れの世界である。これらは量子論の世界では相当昔に「そう言う訳にはいかない」と否定されている事柄ばかりである。Valuation至上主義、細部までブレークダウンすれば正解が見える主義、予測至上主義、数字至上主義とでも言おうか。投資やトレードの本質はこう言う所にはないのだが、こう言う議論をしても噛み合ないケースは結構多い。

大体、どこからどう見ても前提の建て方も自己矛盾しているし理論にもなっていないマーコヴィッツの分散投資がメインストリームで、LTCMショックが起きてもITバブルが崩壊してもリーマンショックが起きてもクオンツと言えば正規分布にファクター分解、と言うのも良く考えると驚きである。まあ実務的に簡単な算数で扱い易いからとか、経済学者にとってもエレガントな数式で処理出来るからそうなっていると言う事なのかも知れないが、よく考えると不思議ではある。多分まあ、表に出て来ない所で(例えばルネサンステクノロジーとかの旨く行ってるクオンツ系ヘッジファンドで社外秘のもとで)色々別のアプローチが為されているんだろうとは思う。

物理学者のセンスがある訳ではない筆者からするとこんなもんなのかなと思って仕事していたが、右の推薦図書にあるナシームニコラスタレブのような物理学者から見たら、金融の世界は相当出遅れている世界であり、研究対象として余地のある世界なのかも知れない。

また、上記のような意味で行くと、ジョージ・ソロスの「Quantum Fund」と言うのは名付けて妙である。ソロスの「再帰性理論」と言うのは量子論を完全に下敷きにしていると言える。

ソロスによると、全ては相対的なものであり、観察者が同時に参加者でもあると言う状況のもと、参加者間で、あるいは事実と市場参加者の期待との間で相互作用が起きながら市場が動いている。つまり市場参加者の信念(例えば今後クレジットは改善し、景気は良くなる等)が、銀行の貸出増大や設備投資増大に繋がり結果として「好景気」と言う事実を作り上げる。そしてその事実をもって市場参加者がもっと景気に対して自信を深める、と言う形で、事実により信念が形成されると言う循環と、信念により事実が作られると言う循環が、それが事実と完全に剥離して崩壊するまで継続する。これが「再帰性理論」である。

そして、市場がこう言った相互作用で動くため、市場を完全に予測する事は出来ないあるいはかなり困難であり、確率的な表現になる。これらは言ってみれば量子論の成果の市場への流用である。ソロス本人はカール・ポパーの信仰者であるが、間違いなくどこかの段階で、物理学の議論に影響を受けている。

但し、ソロスの著書を読むと、「自然科学は唯一不変の事実があり、観察者の観察は事実に影響を与えない」と言った記述もしており、これは量子論の議論とは異なる(どちらかと言うと、ニュートン力学の時代の考え方)ので、もしかしたらそんなに科学に詳しい訳では無かったのかも知れないようにも思ったりもする。ソロスの理論における攻撃対象はニュートン力学と古典派経済学で、量子論とケインズ経済学とオーストリア経済学が投資哲学における支柱になっているなーと言う感じがする。

それはさておき、ソロスの場合は、量子的なふるまいを示すマーケットが、時折「ある種のふるまい」を示す事があり、これに対して自信がある時は大量にベット(普段は分散しているが、ここぞと言う時には分散投資の理論など完全に無視して大量のポジションを組む事が肝要)して捉える事でリターンを上げる。とは言え「予測が出来ない」と言う市場の性質にも由来するが人間は生来「誤謬性」があり、常に仮説が正しく行く訳ではないので、間違った際のロスカットはかなり早いし躊躇せず一気にやる。勝っている投資家、投機家の考え方は大体こう言う感じで、効率的市場仮説とか分散ポートフォリオ理論は、完全に無視しているのである。

随分話がそれにそれまくってしまったが、パワースポットで強い「気」を肌で感じたりするにつけ、最近こう言う事を物思う筆者であった。

(注3)南方熊楠はこちら参照。


(注4)日本酒「那智の滝」はこちらで通販もやっている。気が向いたかたはぜひ。「那智の滝」はすっきりしていて仄かに辛口、位。美味しかった。


(注5)これは東京都内では皇居も周辺より磁力が強いらしい。出所を失念してしまったが本で読んだ事がある。江戸時代に、徳川家康の懐刀だった天海僧正と言う風水に非常に詳しい人物が、風水的にさっぱりポジティブでは無かった現在の東京一帯を、治水工事や神社、不動等の建設等により風水的に江戸城、今の皇居に富士山からの気が集中するように作り込んだそうである。

0 件のコメント:

コメントを投稿