2010年12月20日月曜日

書評:ザ・クオンツ

記者さんの書いた本なので、内容はちょっと薄い面もある。特に統計に関する所は、分からないで書いているなと思われる所も多い。「クオンツ」と皆十把一絡げにしているが、業界に居る人間からすれば、本書内の「クオンツ」は、「本当の数学者、統計学者、物理学者レベル」のクオンツから、「この位文系レベルだから」と言う人までごちゃごちゃである。その辺が混同して書かれている面はあり、その点は残念な面もある。

一方で、クオンツの面々の私生活、性格、バックグラウンド等が分かる点は非常に良い。筆者の知る限り、ケングリフィンやミュラー、アスネス等の性格等まで詳細に書いている本は余り見ない。何せ面白い。この点は評価して良い。ジム・シモンズが暗号解析のバックグラウンドがあり、音声認識等の専門家を多く雇っているなど、筆者も知らなかった。

また、この本は「クオンツ」と十把一絡げにして、「シカゴ学派」のお歴々と、マンデルブロ・エドソープ・ナシームニコラスタレブ等のラインと、ボアズワインシュタインのような「ライアーズポーカーのりの現代版」のお歴々の事が色々書いてある。同業者からすると十把一絡げにし過ぎだ(著者のクオンツへの理解が不足している)と思われる面もある。一方で彼らの「クライシスの際の行動の違い、パフォーマンスの出方の違い」を比較してみると、これ面白かったりする。


シカゴ学派:

市場は一時的に不均衡でも、収斂するはずなのに!俺のモデルに間違いはないのに!バカ共はどこまでバカなんだ!でもどんどん収斂していかないで損失は拡大する。でも不均衡が拡大しているので、手許のモデルでは買い側では猛烈に買いシグナル、売り側では猛烈に売りシグナルが出ている。ダブルアップする(掛け金を乗せる)。運が良いと勝つ事もあるが、ブロウアップする可能性の方が高い。

あのね、こう言うのは業界用語で「バリュートラップ」と言うんですよと忠告したくなるが、シカゴ学派信者はインテリ風で自信満々なので言いづらい。

日本株で言えば、武富士なんかに突っ込み続けてあぼーんしたりするのがこう言うパターンである。バリュー指標だうんだら指標で割安だ言う所から少し離れてちょっと武富士を常識的に見てみれば(アナリストの基本であります)、金利の上限規制など消費者金融業界にとって非常に厳しい規制が定められ、最後の方は過払い金の額が幾らになりそうか(弁護士がどの位必死に営業して債務者がどの位マジで申請するか次第)と言う極めて不確定な要素で大きなBetをする事になっていて、大量に投資するべき会社ではないと言う事は普通分かるものだった。しかし、たまにこう言うのでひっかかったりする御仁が居たりする。筆者の見立てでは多分シカゴ学派だ。

株式に投資すると言うのは、残余財産請求権を取得する、株主として企業の一定割合のオーナーになると言う事だ、と言う常識が乏しいと言うか。でもってそのままで、買いサインが出ていてソコソコAUMもあるもんだから、どんどん買って行ったら大量保有報告に出てしまうとか。こう言う事は案外あるように思う。

確かにクオンツ分析+PCのディスプレイで発注+エクセルや社内損益Webでのみポジション数や損益確認、と言う仕事フローで、扱う額だけ機関投資家的に大きいと、株券の向こう側の企業の経営者や従業員や資産や負債やと言うのが見えなくなりがちなので注意は必要だし、筆者自身あまり他人事ではないとは思う。以前勤めていた会社でも、事業会社からすると大株主上位に出ていて「おいおい、何の経営てこ入れとか要求して来るんですか」と戦々恐々な一方、当の運用会社側では「打診買いに毛が生えた位だった」(ポートフォリオ内ではそんなに上位保有の銘柄じゃなかった)と言う事も無きにしもあらずであった(今考えると、こう言う状況こそ、「運用会社バブル」だったのだろう)。こう言うのは注意しないといけない。にしてもしかし、シカゴ学派べったりだと、とりわけこう言う事がありがちな感じである。

LTCMがロシア債に大量投下してしまったのやら、割安の既発債の国債買って割高の新発債売ってとかも、典型的な「シカゴ学派の失敗」である。普段はいいんだけど、ロシアがデフォルトしないだろうと言うのに大した情報優位もないのにオールインするのは無謀だったし、流動性自体が価値を持つ事があると言う点への配慮が足りなかった。

また、中小型ロングの大型ショートで一時期一世を風靡した幾らかのヘッジファンドも、本人は「泥臭い定性調査も凄いしっかりやってるし、クオンツじゃないし、学者風情じゃない」と思っているだろうしシカゴ学派だ等とは思って居ないかも知れないが、案外根底にあるのは同じである。つまりは小型株の高利回り(=低PER)と大型株の低利回り(=高PER)のバリューの格差が収斂する、と言う所にナイーブにオールインしていた訳である。割安である事を機械的に買いと判断し続けて、「流動性自体に大きな価値が出る事がある」と言った重要な点を見落としていた。割安は勿論良い事だし、概ねの時分には買いサインだが、割安であればいつも良い訳ではない。結局の所、新興市場買いのラージキャップ売りのポジションで、しかも流動性リスクを取れるだけ取って居たので、新興市場バブルが終わったら身動き取れなくなってしまった。「流動性の対価として高い利回り=安いPERを自分は享受している」「いつかリスクテイクよりも流動性・換金性が選好される時機が来ればブームは終わる」事を意識してこう言うポジションを一定の時機に取るのは良いが、頭までずっぽりはまって逃げられなくなるまでポジションテイクするのはまずいし、これしかネタが無いのは厳しい。中小型株が主要な持ちネタの一つだった筆者もこれは他人事ではなく、翻って昨今持ちネタの多様化を図っている最中な訳である。

後はそうだな、例えばボラティリティスマイル等も、シカゴ学派の人も恐らく学校では学んでいるんだろうが、実際の意味をよく分かっていないのではないかと思わざるを得ないような行動を取る傾向にあるようである。

例えばスマイル君は、「少ない掛け金で一発大儲け」と言う賭けに対して人間は過大評価する傾向がある(だからみんな期待リターン-75%でも宝くじを買う)から、ディープアウトオブザマネーのオプションのインプライドボラは高くなりがちなのだと考えればシンプルなんだが。人間の心理とか、マネーがどう言った構造でもって右から左に流れているのかと言った面をもう少し考えたら良いんじゃないんですかと声をかけたくなるが、もの凄くインテリ風なので声をかけづらい。

モデルを信じてマーチンゲールの賭けに平気で出たりする。均衡収斂のモデルがワークしていないなら、それはモデルが間違っているあるいは今現在起きている事象をモデルの過去データが押さえられていない、モデルの想定していない事態が起きているのではないか、と言った事に注意を払わない。ベイズ統計をちゃんと勉強しているのか不思議に思う事がある。

上記の通り、モデルがワークしていない時にマーチンゲールで掛け金がでかくなると、モデルが間違っている確率もうなぎ上りに上がっていてかつ掛け金を上げている訳だから破産する確率がどんどん上がるし、クオンツなら簡単にそれは分かるはずなんだが、何故かそう言う事に注意を払わないような面も見られがちのようにも思われる。

「今回の危機は27標準偏差で、1万年に一度のなんたらで」と言った事を平気で言い始める。1万年に一度の事が数年に1回起きているなら、その計算・前提自体が間違っている可能性の方が高いのだが。その標準偏差は、景気が良くって投資家のリスクアペタイトも上がっていてVIXも下げ基調&非常に低い所で横ばいの時をベースにした標準偏差でしょう。世の中「景気が良くって投資家のリスクアペタイトも上がっていてVIXも下げ基調&非常に低い所で横ばいの時」ばっかりじゃないんですな

何と言うか、シカゴ学派どっぷり系の人は、一言で言えば、「部分的にもの凄く優秀で優れているんだが、基本的な所に欠陥のある機械」みたいな所が(スクエニは売りでしょとか言ってるアナログ小市民からすると)ある。

結論としては、「”デブのトニー”的な常識を持ちましょう」と言う事になる。


ライアーズポーカーの現代版のり:

カネだ、女だ、どんちゃん騒ぎだ、俺様はすごいんだ、そしてクライシスでぺしゃんこになり、イキがって独立してもお金が集まらない。そう言うパターンである。

早くからCDS市場に関わったりして、「良いタイミングに良い場所に居た」と言うのを、「自分の実力」と勘違いしたり、「投資銀行のプロップマネーん百億ドルだの円だののブック」を「投資銀行のブランドや格付けのもと調達出来ているお金じゃなくて自分の実力」と勘違いしてしまうと、こう言う事になる。

ヘッジファンドで独立する時にはですね、お客様の大切なお金を預かる訳だから、(別に卑屈に安売りする必要はないが)サービス業を提供する、お客さんに信用・信頼して貰うと言う観点も必要なんですよ、と小市民は言いたくなるが、威勢が良過ぎて言いづらい。

良いタイミングに良い場所に居るのは大事だが、自分の実力で俺様は凄いんだ的勘違いは危険である。

結論としては、「与えてくれた幸運に感謝して、幸運を享受しよう」と言う事になる。

一時的でもうなるような年俸貰って、美女連れ回して、引退出来る位蓄財もあるんだったら、一発屋だったってラッキーだし凄い事じゃないか、落ち込む事はない。気候の良い所でワイナリーでも経営して、友達でも呼ぼうじゃないか。ずっと朗らかで幸せな人生が待っている。加えて社会貢献活動でもやれば完璧だ。


マンデルブロ・ソープ・タレブ派:

普段、上記のような「にわかクオンツ」が大儲けしているのを苦々しく見ている。普段目立たないが、クライシスが起きると、もの凄い勢いでリターンを出す。大体ガンマロングをしている。ソープについてはネガティブガンマ的なポジションも取るが(氏はCB Arbが有名)、天変地異などブラックスワンの発生に対して非常に敏感で慎重である。「これはアレだな、アレかも知れないな」と言う際にはポジションをたたんだり、資金を顧客に返還したりする。

一方で社会性が微妙に欠けている面がある。ソープのように家が実験おもちゃ箱みたいになっている、と言うのは数学者らしくて可愛らしい社会性のなさで無害な一方、結婚式でも隣の席のクオンツに批判を始めたりする始末なのはちょっと迷惑である。あなたが凄い事は一定以上のこの業界の職人の多くは分かっているので、もうちょっと社会性を発揮しましょう、タレブさん、と小市民は言いたくなるが、言ってる事自体は正しい上に知性・見識とも(小市民とは)レベルが違い過ぎるのでこれも言いづらい。

そうは言っても、高い数学的素養と、現実への対処のバランスが取れている。

結論としては、「後は結婚式では朗らかにするのがマナーだとか、もうちょっと社会性を身につけられれば満点、あともう一歩」と言う感じ。

・・・筆者的には、こう言う事を面白がってまとめられたので、良書である。右の書籍一覧にも掲載した。興味のある方は年末年始の読書にどうぞ。

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