2012年11月29日木曜日

○「良い時期に良い場所に居る」とはどういう事なのか? その3:「棚からぼた餅」を人生にもたらすための準備。


さて、「良い時期・良い場所」の話の続きである。前回で、「内部環境における良い時期・良い場所」について、具体的には「自分自身を先ず理解出来た時期に、好きな分野・得意な分野・場所で勝負する事」の重要性について書いた。


今回は、以前のエントリを踏まえた上で、良い時期・良い場所に上手く出くわして幸運を掴むために必要と思われる「準備」について書いてみようと思う。


○「棚からぼた餅」を享受するにも、準備が必要。

今回のエントリで強調しておきたいのは、「棚からぼた餅を享受するにも、準備が必要だ」と言う点である。

良い時期・良い場所に居合わせると言うのは、純粋なラッキーによって為される場合も勿論ある。シンガポール人がただシンガポール人で建国直後にたまたまローンを組んで家を買ったら、みるみる先進国になってゆき不動産価格も高騰して億万長者になってしまったと言う状況がそれに当たる。日本の団塊世代が、日本の右肩上がり時代の経済を享受し、国家財政も微妙であるにも関わらず老後はオイシイ年金を貰って良い暮らしをしているのも概ね同様と考えて良かろう。不況世代からすると内心複雑な思いはあるものの、ただ生まれた時期と場所が良かっただけで人生上手く行く事も実際多々ある。残酷かも知れないがそれが現実であり、人生そう言うものである。

しかし、必ずしも順風満帆ではない時代に生きる我々が「良い時期・良い場所」の僥倖を得ようとなると相応の準備が必要であろうかと思われる。つまり、「棚からぼた餅」を享受するにも、以下のような準備が必要なのである。

・先ず、ぼた餅が落ちて来そうな場所を早期に発見する必要がある(=その1のエントリで記載した「外部環境」の良い場所の発見)。

・かつ、それが自身の能力・適性に合った場所である必要がある(=その2のエントリで記載した「内部環境・個別要因」の良い場所の発見)。

・更に、そこに身を置いた後も、ぼた餅がいつ落ちてきても良いように、皿や箸を準備しておかないといけない。ぼた餅が落ちて来ても地面に落ちてしまったら食べられない。ぼた餅だけでは喉が渇くのでお茶も淹れておく必要がある(=今回のエントリで以下に記載の「準備」に相当)。

こう言った訳で、ぼた餅が落ちてくると言う幸運に、努力・準備が重なって、初めて現代における「棚からぼた餅」は完成するのである(本当の所どうか分からないが、取りあえず勢いでそう言い切っておこう)。

そんな訳で今回は、上記の「棚からぼた餅理論」における三番目、「準備」の部分にフォーカスを当てて、幾らか書いておこうと思う。


○一定の準備段階・下積み時代をきちんとこなす。

先ず重要なのはこの点である。
例えば、自身の身を置く分野で必要な一定の学歴、資格、職務経歴等の確保である。

こう言った要素を馬鹿にする向きもあるし、「実力主義において学歴・資格は関係ない」と言う向きもある。勿論根本的にはトータルに実力が一番重要である。しかし、筆者の経験からすると、そうは言っても現実的な所で言って、ドアオープナーとして・スタート地点に立つために必要な学歴、経歴、資格等は実際あった。こう言う下積み段階・時期を軽く見てはいけないと、筆者自身の経験上は感じている。

例えば、筆者の属する運用業界で、日本においてアナリストなり運用者なりになろうと思えば、大体の場合は早慶程度以上の学歴、証券アナリスト資格位は最低限必要である。一定の学歴が無いと内定も貰えないし、入社後は証券アナリスト資格の取得が運用・調査等の職種への配属条件となっているような場合も多い(証券アナリスト資格やその内容の是非はここでは議論のスコープから外すが、現実としてそうなっている場合が多いと言う事である)。更には外資系大手ヘッジファンドの米国オフィス等では必要条件が一段とインフレートしていて、一流校のMBA(ないしは経済学・理系等でマスターやドクター取得者等)以上の学歴、CFA資格保有、又はこれら複数の経歴保有と言うのが入口として当たり前になっている。米国のグローバルマクロのヘッジファンド等で勤務したい場合、相当ハードルが高い事になる。

勿論、早慶程度以上の学歴があり証券アナリスト資格がありMBAやマスター・ドクターがあればリターンが取れる訳では無いし実力がある訳ではないし優秀な訳でも何でもない。稼げる人も居ればだめな人も多数居る。この点を間違えてはいけない。

また、学歴や資格に関係なく、例えば学生時代からトレードをしていて安定したリターンを出せる手法を確立してそれを投資銀行やヘッジファンドに売り込む事で成功機会を獲得して実際成功した、と言った事例も勿論ある。しかしこのような事例は確率的に言えばかなりレアな部類に属するものであるし、こう言った方法で上手く行く事が出来る人となると、かなり才能・適性等で絞られる面がある。

そんな訳で、運用業界での話で言えば、一般論で言えば、「ドアオープナーとして」「スタートラインに立つために」、最低限これらの経歴・資格はあった方が「良い時期・良い場所」に立てる確率は上がる訳である。

以上では筆者の属する運用業界を喩えにして説明したが、他の分野にせよ、こう言う「スタートラインに立つための準備」と言うのは大概あるものだろうと思う。

法律の仕事がしたいなら弁護士資格を取らないといけない。監査法人で働きたいなら会計士資格が必要だ。料理・食の世界で一流になりたいなら料理学校に行ったり名の通った一流の店で皿洗い・下作業から始めないといけない。ベンチャー企業を立ち上げるにも先ずは大手企業で仕事してスキル・人脈をつけたり大手企業の組織力学、会社員の悲哀の何たるかを学んだりした方が後々良い場合が多いだろう。海外で仕事しようにも、例えば筆者の勤務するシンガポールでは昨今ビザ関連が厳しくなっており、高卒では就労ビザが降りない、ワーキングホリデーの類もいわゆる一流大学出身でなくては活用出来ないものに変更されると言った事態が発生している。商社等で海外事業に配属されるにも、馬鹿馬鹿しい試験だとは思ってもTOEICで高得点を上げないといけない。

学歴コレクター・資格コレクターの類(=学歴・資格自体が目的化している)も馬鹿馬鹿しい話とは思うが、一方で「スタートラインに立つための」「身分証明書としての」学歴・経歴・資格、またこれら獲得のための下積み経験は甘く見ない方が良いと筆者的には思う。こう言うのはまあ、面倒臭いが必要なものなのだと。

こう言う時期を経ないで、例えば大学を卒業して、会社員にはなったが地味な日常が耐えられないからと言った安易な理由で直ぐ退職して、起業ブームやらFXブームやらに煽られて、世間知らずで名刺交換の仕方も怪しいような状態で、言わば半ば躁鬱の躁状態で起業したり専業トレーダーになってしまったような層の「その後」は、惨憺たる鬱々としたものになる事が多いように見受けられる。

勿論これで成功する人と言うのも皆無ではない。しかし、1000社以上上場企業を調べて、中小型株を調べていた頃には未公開企業や新興企業の面々の集まり等にも時折ご縁があった時期も経ている筆者の経験・感覚として、確率的にみてこう言った層がSustainableに成功するのは相当に難しい(下手をすると人並みの生活を維持する事すら難しくなる)ように見受けられる。先ず殆どが失敗してしまうし、一時的に我世の春を享受したものもその後を見ると無残な結果になっている事も少なくない。

一部にはこう言った人でも「起業とその失敗」を売り物にして欧米のMBA等に行き、日本帰国後は先ずは名の知れた投資銀行・コンサル等に戻る事で経済面・社会面ともリカバリーを果たし、次のチャレンジを狙う者も居る(因みに、起業したが失敗した、ちゃんとビジネスのイロハを学んで再チャレンジしたい、と言うのはMBAの志望動機・活用法としては非常に良いと思うし、大学側も評価する傾向が強いように思う)。こう言った人は「起業~失敗、MBA、社会復帰」自体を上手く「下積み経験」として昇華した例だと言えるだろう。次は前回よりは上手くやれるだろう。これは失敗ではなく、有意義な経験と言える。

しかしこれが出来るのは大学学卒時点での学歴が一定以上あり、TOEFLやGMAT等の英語の試験に耐えられ、大学時代に厳しいゼミ等にも参加して起業後も取引先等と真摯にビジネスをやった結果ゼミ教官や取引先等から推薦レターを書いて貰えるような、言ってみれば「意識高く下積み経験を若い頃きちんとやっていた」一部に過ぎない。しかも年齢的に比較的若くないといけない。全体として見れば日本の社会では敗者復活戦は難しい。きちんとした下積みもなく軽はずみにバンジージャンプをした結果、一度人間界から「ナニワ金融道的ワールド」「ニート・職なしワールド」に落ちてしまうと、人間界に戻って来るのも中々難しい、と言うのが全体として見た場合の現実のようにも思う。

きちんとした下積み時代のない人間は周囲からも信用されないし、困った際に助け舟も中々出てこないので、結果として「胡散臭い有象無象」に堕してしまいがちでもある(逆に言えば、地道な下積み時代を経ていて人間的にきちんとしている場合、案外何とかなるケースも少なくない)。

繰り返すが、一定の「下積み時代」と言うのは、大概の分野で、「良い時期・良い場所」の恩恵を(ただの偶然ではなく、低成長経済下で意識して)受けるためには「必要なもの」なのである。

何だよ全然イージーではないじゃないか、何か楽に成功できるような方法論を示してくれないのか、と思われたかたも居るかもしれない。しかし筆者は、その手の「情弱な人々を煽る類の役割」を担う気はない。そう言ったものを求められる方は他を当たって頂ければ幸いである。


○「模索段階・準備段階・下積み段階」を一通り経た位の時期に、「勝負できて成果をきちんと享受できる場所・環境」に居る事。

さて、下積み時代をきちんと積んだら、次はこの、「勝負できて成果をきちんと享受できる場所・環境を獲得する事」が重要である。

これは上記の「地道な下積み」と比べると日本人的美点に訴えづらいと言うか美談になりづらいとでも言おうか、多少あざとい面もあるにはある。

しかしそうは言ってもいつまでも下積みのままでは「良い時期・良い場所」を享受する事は難しい。下積みを開花させるために、Effective、Strategicな形で「次の一歩」を踏み出す必要がある。具体的な手段としては、以下のようなものがあるだろう。

・下積み時代を活かして、良好なビジネスモデルで起業・独立する。金銭面以外でも、一緒に働いていて快いと思えるメンバーで、やりたい仕事が出来ると言った要素を重視する。

・下積み時代を活かして、大手企業からベンチャー企業等に移籍して、ストックオプションや株式等のアップサイドを貰える職務に転職・移籍する。金銭面以外でも、一緒に働いていて快いと思えるメンバーで、やりたい仕事が出来ると言った要素を重視する。

・下積み時代を活かして、固定給過半の職務から、固定給+高比率・好条件の成功報酬・出来高給の職務に転職・移籍・出世なり社内異動なりする。金銭面以外でも、一緒に働いていて快いと思えるメンバーで、やりたい仕事が出来ると言った要素を重視する。

上記は金融業、会社員に留まらずどんな分野でも言えることである。医者も、勤務医、開業医、研究者・教育者、大病院経営、病院コンサル、バイオベンチャー起業等色々な立ち位置を取りうる。料理人も、大手居酒屋の調理から、ホテル料理人、料理屋を作り独立、料理書籍の執筆やセミナー等の色々なアウトプットの仕方と言うか、ビジネスモデルと言うか、立ち位置がある。技術者・研究者等、音楽家や芸術家等も同様である。どう言った立ち位置を取るのか、どういった「マネーフローにおける概念的な場所」に立つかによって、収益の出方等も全く変わって来る。

詰まる所、「良い時期・良い場所」を捉えようとするのであれば、安価な給与で自身の時間を切り売りする立場から、成果・付加価値にが正当に経済的にも報われ、質的にも人生の充実感をきちんと享受出来る立場に移行する必要があり、それはどんな業界や職種でも工夫可能なので柔軟に考える必要があるという事である。以下に、金銭面、質的な面の二つに分けて、この点についてもう少し掘り下げてみたいと思う。


○金銭面で重要な事。

ここで金銭的な面において重要なのは、下請け仕事、時間切り売り仕事から脱出するという事である。

会社員の場合は、上司の下請け仕事・会社に固定給でコキ使われるだけの状態から脱出して、自身の仕事、自身の付加価値に応じた経済的アップサイドのある仕事が出来るようになる必要がある。起業する場合も、規模は小さくとも自身できちんと営業をして受注を取り、付加価値の取れる「元請け」になる必要がある。

つまり個人にせよ企業にせよ、下請け・時給での時間切り売り商売から、月額/年額固定の基本フィー+レベニューシェア・成功報酬、と言ったアップサイドのある「良好なビジネスモデル」「沢山のお金が流れており、個人の付加価値が多く取れる良好な場所」に移動する必要があるのである。

(注:「どんなビジネスモデルが良好なビジネスモデルなのか」と言った点についてピンと来ない方は、普通にキャッシュフロー経営だの競争戦略だのバフェット投資だのの分野を各自勉強して欲しい)。

一般には、企業ブランド・組織・インフラでビジネスが回っており個人の付加価値部分が小さい大手よりも、個人の成果が問われリスクも高い小規模組織の方がこう言った条件は得易い。日系か外資かなら外資の方が解雇リスクもある分こう言った条件は得易い(尤も、昨今は日本企業でも大規模リストラは多発しており、日系なら安泰なのかと言う所は昨今微妙になっており、アップサイドは無くてダウンサイドリスクだらけと言った状況になってしまっている日系企業も見られるようにも感じるが)。

このアップサイドなしに、ただただ我慢と苦労だけを重ねていても、報われるものは少ない。たとえ景気が良く右肩上がりの業界・企業・場所に属していても、言わばマネーフローの観点から見た「自分自身の概念的な居場所・立ち位置」が良好なものでないと、その恩恵をきちんと受けて報われる事が出来ないのである。

これは筆者にも苦い経験があるので、筆者の例で説明しよう。

筆者は2003-2005年ごろの日本株の回復、ライブドアや村上ファンド等に代表されるような中小型株バブルの時に、既に日本株でアナリストをしていたし、正に中小型株の調査を行っていた。中小型株の調査は楽しかったし有意義であった。「100億円部長」と呼ばれ一世を風靡したファンドマネジャーが在籍していた投資顧問会社の他、大量保有報告で賑わしていた中小型株中心のヘッジファンドが投資していた分野と似たような銘柄を筆者も調査してもいた。つまり、「外部環境」「内部環境」とも、この時筆者は「良い時期・良い場所」に居た。棚からぼた餅が降っていたのである。

しかし、筆者はこの時点ではまだ、「準備・下積み」の段階で、「勝負できて成果をきちんと享受できる場所・環境を獲得する事」が出来て居なかった。年齢的にまだジュニアとしての位置づけだった上、比較的大手の運用会社に居たため、筆者個人の立ち位置としては固定給が過半で、出来高給部分が小さかったのである。

筆者の所属していた運用会社も、そのファンド群も大変に儲かった。筆者よりも一回り位年上で、90年代の中小型株投資の黎明期からこの仕事をしていた同業者の先輩の中には、もう働く必要が無いくらい・引退できる位のひと財産を築いた者も少なからずいた。彼ら・彼女らにとっては、90年代の中小型株黎明期の頃から下積み準備をしたものが数年~10年内外の年月を経て遂に花開いた訳であるから、正当な報酬であるし尊敬すべきものだ。

しかし筆者の実入りは引退等とは程遠い、言ってみればジュニアの小遣い程度のものであった。筆者は棚からぼた餅が降っている所に居ながら、皿や箸の準備が出来ていなかった、「勝負できて成果をきちんと享受できる場所・環境を獲得する事」が出来ていなかったのである。このため降って来たぼた餅はむなしくも、はかなくも、悔しくも、情けなくも地面に落下して土と埃にまみれて終わったのであり、これを享受する事が出来なかったのである。今となっては「日本株の、中小型株の調査が専門なんです」等と言っても得られる仕事もない。旬を過ぎれば・祭りが終わればそんなものである(勿論、筆者に関しては今のキャリアに至ったのもこのブログのエントリを書けるに至ったのもこう言った時期・経験があってこそなので、全く無駄だったとは思わないものの、客観的に見れば・言えばそう言う事である)。

得てして「努力はとにかく美徳だ」と言った雰囲気になりがちかも知れないが、実際には「Effectiveに、報われる形で努力する」必要がある。

棚からぼた餅が降っているその時・その場所に、きちんと下積み時代も終えて皿と箸を持ちお茶も淹れておいて、「勝負できて成果をきちんと享受できる場所・環境を整えた状態で」その場に居合わせる必要がある。

そのためには独立したり、大手から名前も聞いた事もないようなベンチャー企業に転職したりする必要がある事も多く、決断とリスクも伴う。これは単に時代や経済の流れを予測出来る知識能力云々とか偏差値・IQが高いの低いの言う話ではなく、人間としての胆力や決断力に関わる話であり、これが結構大変なのだ。勿論、経済・時代の流れや良好なビジネスモデルがどう言ったものか等をある程度読める位の一定の知識・能力は必要な面もあるにはあるが、実際に最後に問われるのは胆力・決断力である。この点に十分な留意が必要である。


○質的な面で重要な事。

また、金銭面以外の面においても、キャリア上のどこかの段階で、一緒に働いていて快いと思えるメンバーで、やりたい仕事が出来ると言った要素を重視する必要があると筆者的には思う。

まず根本的な意味合いにおいて、嫌々仕事をしていては、「良い時期・良い場所」とは言い難いだろう。やっていて楽しいと思えない仕事、人間関係等がギスギスしていても稼げる仕事はあり、金銭的に稼げさえすればそれは「良い時期・場所」と定義出来ると言った反論もあるかもしれない。しかし筆者個人の考えとしては、質的な面も伴ってこその「良い時期・良い場所」であると考える。

また、会社が悪い、上司が悪いと組織や上司、他人のせいにしてしまっているうちは、「自身の仕事」は出来るようにならないようにも思う。仕事の完成度・出来不出来にも影響してくる。踏み込みが甘いと言うか、腰の引けた仕事にどうしてもなってしまう。「会社さえまともなら・上司や同僚がもうちょっとまともなら、俺は/私は本気を出せて、もっと面白い仕事が出来て、成功するはずなのに」等等と自身ではリスクを取らずに評論家風にぼやいて居るうちは、下請け時給労働からは中々脱出は出来ない。ひいては金銭的にも報われる結果にもならない。

本当の勝負は、人間関係も良好で、やりたい仕事もやれる環境が出来て、それに全力投球をする所から始まる。それでも沢山の困難にぶつかるし、ビジネス的に上手く行くか行かないかは分からない、位のものである(筆者も現在、自らの経験としてそれを実感している)。

人間関係等でエネルギーを使っていては建設的な仕事は中々出来るようにならないし、自身はリスクを取らずに評論家風に物事を会社や上司(あるいは日本政府やだめな政治家や日本経済等の外部要因)のせいにしているうちは「良い時期・良い場所」のスタート地点にも立って居ないとも言えるように、筆者個人としては思う。

先ず一歩踏み出して、評論家から当事者になる、必要な所では各自可能な範囲でリスクも取って自分自身がきちんと自分の人生の主人公になる所から、「良い時期・良い場所」への旅路は始まるように思う。


○おわりに

下請け仕事・時間切り売り仕事から脱出する際には、軋轢や周囲の反対もあるかも知れない(特に上司・雇用先企業・今まで自身を下請けとして人月幾らとかコスト+大変薄い利幅等で使っていた元請等からは嫌がられる可能性はある)。

また、大概の場合は大手の安定した企業から外資やベンチャー企業に移籍したり、場合によっては独立したりと言ったキャリア的にもリスクを取った決断を伴う必要があるし、社内で出世等する事により上記を達成する場合も周囲に波風を立てる事を覚悟で何らかのリスクを取る必要があるだろう。自身も迷うかもしれない。また、思いやりのある同僚や友人等は心配するかもしれない。

しかし、「良好な時期・場所」に行こうとなると、恐らく自然と、何らかの一歩を踏み出す必要が出てくるだろう。

一方で、無理して「良好な時期・場所」の幸運を狙いに行かないというのも決して臆病とか軟弱と言う訳ではない。賢明な判断の事も多々あるし、幸せな判断の事も多々ある。実際、リスクテイクして心身・社会的立場等色々壊れてしまった挙句に『異界』行きになってしまうような事例も見られるので、筆者的にはリスクテイク万歳等とは無責任には言えない。そこは各自の価値観に基づく判断による、と言う事になるだろう。


○まとめ

長くなったが、こんな所だろうか。最後にまとめると、「良好な時期・場所」の僥倖を得たいと言うかたは、以下のような準備を重ねる、と言う事になる。

・各自の内部環境・個別要因的に「好きで得意」な有利な分野を、出来るだけ若いうちに試行錯誤して定めておく。

・下積み時代を一定量経る。

・「内部環境・個別要因的に好きで得意」な分野と、「外部環境的に有利な分野」が交差する領域を探す。これは以前のエントリでも書いた通り、単純に成長業界だとか、一般的に人気業界だとかではない。自身が熱意を持って取り組み続けられて、かつ変化率の大きさが狙えそうな場所である。一般には衰退産業と言われていても、意外な所にチャンスがある場合もある。理詰めで探すよりも、「好きで得意」を探求していく中で、直感・感覚に任せた方が見つかる場合も多いように思われる。

・上記交差領域において、取る事の出来るリスクを考える。起業・独立するのが一番ハイリターンだし勇ましいがハイリスクでもある。独立向きでない人、参謀や専門職向きの人、大企業の社内出世や社内起業制度によるスピンオフ等による自己実現の方が合っている人等も居るだろう。「内部環境・個別要因の良い時期・良い場所」に通じる話であるが、自分はどの程度のリスク位までなら取れるのか、と言った要素はきちんと考慮すべきである。

・そして人生の段階において早すぎない段階で決断する(下積みは経た方がいい)。さりとて人生の段階において遅すぎない段階で決断する(住宅ローンで家を買い子供など出来、年齢的にも転職等が難しい年齢になると、勝負に出づらくなる面は確実にある)。

・以上を踏まえて、各自の責任とリスクテイクのもと、「金銭的・質的な面の双方で良い時期・良い場所」の幸運が得られる方向に、慎重に、かつ必要に応じて思い切って、一歩前に踏み出す。

・一歩踏み出した先で根気強く努力と改善を重ねながら、ぼた餅の機会を伺う。

・リスクを取ったものの上手く行かなかったりチャンスを見逃した場合は、人生一休みする、MBA留学等して社会復帰を図る、繋ぎの仕事で何とか食いつなぐ、等等しながら何らかの形でリカバリーを計り、これも学びだと理解して、次のチャンスを伺う。以下繰り返し。

…まあ、何か楽して成功できるような裏技でも何でもないし、こんなの当たり前じゃないか、これを実際やるのが大変なんだよと思われるかも知れないが、全く以って仰る通りである。そこは無料で趣味でやっているに過ぎないブログである。何卒ご理解・ご容赦頂ければ幸いである。

(参考図書)


今回書いたような文章で何か感じるものがあるかた、転職すべきかしないべきか、独立すべきかしないべきか、進路選択をどうしようか、などと考える岐路にあられるかたには、上記書籍を読む事を強く勧める。浅薄に無責任にリスクテイクを勧める訳でもなく、盲目的に安定を重視する訳でもなく、人間ドラマとしての「人生の選択」が生々しく心に響く形で書いてある。何か得る所があるはずである。

2012年10月21日日曜日

○「良い時期に良い場所に居る」とはどういう事なのか? その2:内部環境・個別要因としての「良い時期・良い場所」について


さて、次は「個々人の人生のタイミング、置かれた境遇等の良い時期・良い場所、つまり内部環境における”良い時期・良い場所”」について解説したい。


○内部環境・個別要因の”良い時期・良い場所”

先に述べた「外部環境における”良い時期・良い場所”」については、そこに属していれば確かに追い風で上手く行くだろうなあ、そう言った業界なり仕事なりを予測して先回りして発見したいなあと言った発想は比較的少なからずの人が考えるようにも見える。インダストリーライフサイクルやポーターの5 Forces等、良い時期・良い場所を理詰めで調査・分析する手法もある程度確立している。(実際、”良い時期に良い場所に立つ”と言う事を実行に移すとなると中々胆力が要るものの)「外部環境」で良好な位置を探すだけなら、乱暴な言い方をすればある程度は「技術・知識」でどうにでもなる面はある。

一方で、「内部環境・個別要因における”良い時期・良い場所”」については比較的見落とされがちのように思う。感覚的には、外部環境を予測して先回りする事ばかりを表面的に追いかけてしまう人が少なくないとでも言おうか。

しかし、外部環境と同等かそれ以上に重要なのは、「個々人の人生のタイミング、置かれた境遇等の良い時期・良い場所、つまり内部環境における”良い時期・良い場所”」であると筆者は考える。そこで、この点については比較的字幅を割いて説明したい。

内部環境における”良い時期・良い場所”についても、幾つかあると考える。今回は先ずはその一つを例示したい。


○「何が好きで何が得意なのか・何をやりたいのか」が明確になった時期に、その分野・その場所に居る事。

最初に述べておきたいのは、最初に何にも増して重要なのは、「外部環境の前に先ず自分自身、己をきちんと理解する事」「何が好きで何が得意なのか・何をやりたいのかが明確になった”時期”に、その分野・その”場所”に居る事」だと言う事である。今回は、この点について幾らか長々と書いてみたい。興味がある方はおつきあい頂けると幸いである。

経済的成功と言ったそっち系の話題の話をすると、成長する国・地域はどこか?税金も安いし何か繁栄してそうなシンガポールか?シリコンバレーか?他の新興国か?成長業界はどこか?投資銀行?ネット関連?職種は何が流行るのか、アナリスト、デリバティブ、証券化、M&A、ヘッジファンド?等と、外部環境的に「追い風っぽい場所」を探す事ばかりに腐心していて、儲かる場所を探して頻繁にジョブホッピングをし、何がしたいのか傍から見ても本人自身もよく理解していないような人がどうしても散見されるように思われる。ビジネス・企業でも同様で、売れそうな商材・分野に飛びついては結局強みを出せずに失敗、を繰り返すような所は少なくない。

こう言う人・企業は、「次にどこが来るのか、ブレイクするのか予測して、先回り出来れば儲かる、それが重要だ」と考えているように見える。確かにまあ、株のトレード等の「お金をあちらからこちらに移せば良い事、ダメなら損切りして次に行けば良い類のゲーム」ではこれはある程度は言える。

しかし、仕事・キャリア等でこれを単純に適用するのは筆者は賛成しない。理由は幾つかある。今回はこの理由を述べる中で、「内部環境・個別要因における”良い時期・良い場所”」について考えるきっかけを提供出来ればと思う。


-「仕事・キャリアは株のように流動性が高くない」かつ「過去の経歴が将来の経歴に影響を与える経路依存型のゲームであり株のようにトヨタを損切りして次はネット関連、と言う訳には行かない」と言う面。

株の場合は、好きなだけびゅんびゅん売買すれば良い。しかし、キャリアの場合は、転職するにも金融のような流動性の高い世界でも2-3年に1社位が限界である。

また、同じ分野であれば金融等の場合であれば比較的価値も維持向上が図りやすいが、全く違う分野を短期間でジョブホッピングばかりしていると価値が看過できない程に下がる。履歴書がどんどん長くなる一方でそこにある程度の一貫性がないと、「何がやりたいんだこの人は」「このひとの専門はなんなんだ」と言う雰囲気が否応無くにじみ出てしまい、次第に誰からも相手にされなくなり易いという事である。

更には、いったんある職種・分野を手掛けたらそれを変える事が出来る・色々試行錯誤出来るのはせいぜい30歳位までであり、30代以降で未経験の仕事をするのは相応に厳しくなる。40歳になったらキャリアアップ云々は概ね終了と考えて良いだろう。転職自体も容易ではなくなる。

もっと言えば、大手企業から小規模のベンチャーに移ったり独立したりする事は移った先・独立した先で成功するか否かを別にすれば比較的簡単に可能だが、基本動作から学び直したい・失敗したから働く口を確保してやり直したいからベンチャーや個人商店から大手企業に入社したい等と言う事は特に日本の場合は非常に難しい(殆ど無理だろう)。だから一般的には「最初は大手企業に入って履歴書・信用・ベーススキル等を磨いてから小規模ベンチャーに行ったり独立する方が良い」と言うアドバイスを年配者はするのである。筆者の考えでも「今時終身雇用で一生安泰等と考えて大手企業に入るのは危険だが、特段物凄くやりたい事がある訳でなければ、キャリアステップの最初の一歩、学習・キャリア模索の場として大手企業を選ぶのは妥当」だと思う。

こう言った「流動性の低さ、タイムホライゾンの長さ」「物事の順序」と言うものがキャリア構築にはあるのであり、比較的低コストで損切り・利食いしては短期に頻繁にポジションを変えられる株のトレードとは全く異なる点である。こう言ったゲーム特性の違いを理解した上で、詰まる所「何度か弾は撃てるが、幾らでも弾が撃てる訳ではない」と言う事を理解して、きちんと腰を据えてキャリア構築・職業選択については考える必要がある。

そして、腰を据えてキャリア構築・職業選択について考えるとなると、外部環境の分析もいいが、それ以前に「本人自身が何が得意なのか、何をしたいのか、何なら楽しくやれるか」と言った点について考える事は不可欠である。第一には上記のような理由から、「外部環境の前に先ず自分自身、己をきちんと理解する事」が重要であると筆者は考える。


-「視点が表面的になり、どうしても参入タイミングが遅れがちになる」と言う面。

また、表面的な理由で儲かりそうな分野を探しては移ると言うやり方では、どうしてもブームの後半からゲームに参加する事になりがちで、ゲーム的に有利な展開で進められないという面もある。業界内部者・職種内部者よりも、視点や知識が表面的になるしブームが分かるのが遅くなりがちのように思う。

儲かる話と言うのは、大概の場合はそれが一般に明らかになるだいぶ前から「兆し・黎明期・助走期間」と言った形で底練りを続ける時期がある。元来その時期(の出来れば後半、成長期入りする直前位)から参入するのが一番良い訳だが、表面的に儲かる事ばかり求めて右往左往する外部の人間にはこう言った段階の「きざし」と言うのは中々目に入らない。その時点では儲からないし、地味だからである。

一般の目にも分かりやすい形で情報が入ってくるタイミング、例えばマスコミで成功者が話題になったり、学生の就職ランキングで上位に入ったりするようになるのは、得てして成長もピークアウトに達しつつある時が多い。また、既に競合もひしめいており、企業であれば多数の参入者も出てきているだろうし、仕事であれば高学歴・ハイスペックの志望者が大挙しているだろう。競合が多くなると自身が提供出来る付加価値はどうしても減りがち・有り体に言えば価格競争等にもさらされがちであるし、ライバルとの競争もしんどいものになる。そう言った時期になって飛びつくのでは既に遅いのである。しかし、表面的な儲け話の事ばかり考えていると、どうしても手遅れになってから飛びついてしまう傾向にあるように思われる。

株でもブーム・話題になってから飛び乗るのでは、飛び乗ってはピークアウトして飛び乗っては…の繰り返しになってしまいがちであるが、正にその状態である。筆者の場合、全くノーマークの銘柄がブーム・話題になった場合、相当長期で見込める投資テーマなら別だが、見つけた者勝ち的な話の場合は特に、見送って次に行くようにしている。テンポを「後から飛び乗ってはピークアウト」ではなく、「事前に仕込んでプロフィットテイク」のサイクルにしないといけない。実業の仕事についてもこれは同様だと思う。

同業者を見ていても、投資銀行等でその時のブームに相乗りするような形でデリバティブが儲かっているからそっちへ、証券化が良いからそっちへ、プロップトレーダーも分が良いみたいだ、バイサイドも温くて楽そうだしちょっと一休み代わりにバイサイド行くか、履歴書作り・所得回復のためにセルサイドに戻るか…等と哲学なしにポジション変更が激しすぎると、一時的には高いボーナスが貰える時もあるものの、リーマンショックの後に長らく仕事が得られなかったり、年齢と共に履歴書的にコーナーに追い詰められてしまい「次が無くなる」事が少なくないようにも見受けられる。ブームの後半から相乗りすると、その後にショック・リストラ局面が訪れる確率が高くなるし、そうなった場合には後発参入者で社内政治の基盤も弱い場合も多い事から解雇対象にもなり易いように思う。

小生の従事しているヘッジファンド業界についても然りである。隣接業界の投資銀行等に勤めている者ですら、少なからずが米国の成功事例等を見ては弊業界に過大な夢を抱いてしまって、立派な投資銀行のキャリアを捨てて参入しては散っており、散った後の職探しには難航しているケースが少なくない。注意が必要である。

昨今、産業・企業・職種等のライフサイクルも短期化しており、職業選択・キャリアステップ等のタイムホライゾンより、産業・企業・職種等のライフサイクルの方が短期間で栄枯盛衰するようになってしまっているようにも思う。この点を考えても、外部環境で既に素人目にも儲かっていそうだと分かるようになってから次々波乗りをしようと思っても、上手く行かないようにも思われる。

では「兆し・黎明期・助走期間」のうちに参入するにはどうすれば良いかと言うと、「外部環境の前に先ず自分自身、己をきちんと見つめて、理解する事」であると筆者は考える。ベクトルを外へ外へと向けるのではなく、先ず内側へ向けて自己の内部を旅してから、外部に帰還するのである。

つまり、別に全ての外部環境のブームに乗れる必要はない、と言う事である。人生とは、バフェットで言う所の、「見逃し三振のない野球」である。ボールは次から次へとどんどん投げられて来る。昨今時代の変化も速くなっているので、どんどん球が来る。これを全部振りに行く必要はないのである。3ストライクで三振と言ったルールもない。先ずは自身の得意な球をじっくりと見定めて、それが来た時だけ渾身の力で振り抜けば良いのである。

上記の野球の例えを実際の話にすると、自身が好きだ、パッションを持ってやれると言う分野を探求していく中で、幸運も重なって「成長のタネ・兆し」の分野に当たる事が出来たり、既存分野に一工夫を加えてProfitableなビジネスに出来たりするのである。好きな分野であれば自然と必死に考えるし長時間の仕事も余り疲れずにやれる。興味も持続するため他の人では中々気づかないような、自身に合ったニッチを探し出せる可能性も高くなる。

そう言う意味で、好きである・情熱を持てる分野を見つけた”時期”に、情熱のもてる”場所”で戦うというのは、それだけでその人にとって大きなアドバンテッジになるし、外部環境に関わらず(仮に衰退産業であっても)その人にとっての”良い時期・良い場所”になりうる。自身が好きな分野であれば、一見すると衰退産業のように見えても、自分の趣味・特技を生かした意外なニッチ分野等も発見しやすいように思う。例えば、とうふ業界のヒット商品「ザクとうふ」等はその手の例として挙げられるだろう。

一見遠回りのようだが、この方が結果的には近道になることも多いように筆者個人的には思う。

こう言った理由からも、外部環境ばかり追い回す前に、先ず己の理解からするのが重要であり、「何が好きで何が得意なのか・何をやりたいのか」を人生の出来るだけ早い時期に模索・試行錯誤を重ねて発見し、これが明確になった時期に、勝負出来る分野・その場所に居るのが良い、と言う事になる。

高校生・大学生・社会人の最初の数年位の時期等は特に、浅知恵で儲かってそうな業界・安定して有利そうな業界等を探して右往左往すると言った事をするのではなく、「自分は何が好きで何が得意なのか・何をやりたいのか」を色々な人生経験、模索・試行錯誤を重ねて発見する事に意識を向けて欲しいと思う。これが早めに見つかった人ほど、それだけでその人自身にとっての「”良い時期・良い場所”」は近づくように思う。


-そもそも論的な話。

更に筆者個人の考えを述べれば、そもそもの所で、表面的に儲かる分野ばかり探して右往左往するより、ちゃんと本音で楽しいと思えるような事をやった方が人生として清清しいだろうとも思うし、金銭的に成功しようが失敗しようが悔いがないと言う面においても良かろうかとも思う。好きな分野をさがして、そこで勝負に出る、と言うのは、”後悔”と言う人生において最も避けたい損失のリスクをヘッジ出来て良かろうかと思う。

以上より、「外部環境の前に先ず自分自身、己をきちんと理解する事」「自身が何をやりたいのか腑に落ちた”時期”に、やりたい分野・”場所”で勝負する事」を、筆者としてはお勧めしたい。

他にも”内部要因としての良い時期・良い場所”として説明する事柄はあろうかと思うが、だいぶ長くなったので次回に回したい。

○「良い時期に良い場所に居る」とはどういう事なのか? その1:外部環境の”良い時期・良い場所”について。



最近、「良い時期に良い場所にいる事が重要」と言った事をツイッターで何度か呟いた所、比較的反響があった。今回はこの点について書いてみようと思う。


○円滑なキャリア・人生を重ねる上で重要なのは、「良い時期に良い場所にいる事」。

筆者は末席ながら中小型株など含めて延べ1000銘柄以上の企業を過去取材して企業の栄枯盛衰や経営者・起業家等の人生模様を観察する仕事をして来た。また、同業者についても経済的に成功した人、いったん成功したが異界(?)行きとなった人、知識やスキルは高いがボチボチ・いまいちな人、全般にボチボチ・いまいちな人など色々な人々が筆者の前を来ては過ぎするのを気づいたら10年以上眺めていた事になる。そうやってこの株式市場と言う栄枯盛衰・祇園精舎の鐘の声の縮図のような世界と関わる中で実感した事がある。

それは、相場においては「良い時期・タイミングに良い場所にいる・良いポジションを取る」事に尽きるのと同様に、円滑なキャリア・仕事を重ねる上で重要なのは、「良い時期に良い場所にいる事」であるという事である。つまり単に知識が沢山あり資格があるとか、秀才で優秀だとか、偏差値が高い・高かったと言った事柄は、少なくとも経済的・私生活等も含めた人生全般における成功のためのKey Factorではないと言う事である。この点から勘違いしている人でひとかどの人物になっていると言う事例を筆者は余り見ない。

「良い時期・良い場所」。この言葉の出所は筆者ではない。元ゴールドマンサックスのプロップトレーダーで、少し前までヘッジファンドのゼンパーマクロを運営していたクリスチャン・シバ・ジョシーの言葉である(注)。言い得て妙、名言だなあと思う。


○「良い時期」「良い場所」とは?

では、「良い時期」「良い場所」とはどういう事だろうか。

筆者の定義では、「良い時期・良い場所」について二つの定義を持っている。一つは「外部環境の良い時期・良い場所」、もう一つは「個々人の人生のタイミング、置かれた境遇等の良い時期・良い場所、つまり内部環境・個別要因における”良い時期・良い場所”」である。以下に、外部環境、内部環境に分けて「良い時期・良い場所」について記載したい。内容が多くなりそうなので、恐らく数回に分けて書くと思う。


○外部環境の”良い時期・良い場所”の定義。

外部環境の良い時期・良い場所とは、例えば以下のようなものを指す。

-マクロ経済がボトムから回復に向かう正にその時のその国・地域。
-民主化・若い人口動態・外資導入等により新興国が先進国に移行していく正にその時の国・地域。
-黎明期から成長期に移行する辺りの業界。例えば80s~90s前半位の外資系金融東京支店。
-スタートアップから成長期に移行する直前、上場する手前位の企業。
-窓際職種・安月給のオタク職種から花形職種に移行する直前位の職種。

言ってみれば、「マイナーでうだつの上がらない状態から、スポットライトが当たり始めるまさにその過程」「カネが無かったのが、丁度大量のマネーが流入し始める正にその過程」位のタイミングである。

2000年代の前半、日本経済がボトムから回復に向かう正にその時に、ある同業者は低利でフルローン全開で不動産を買い、ひと財産を作った者がいる。シンガポール人はただその国に住んでいただけ、たまたま建国直後に一戸建てを買っていただけで今や5-10億円長者である。業界・企業だとITバブル崩壊直前、上場直前に上手く新興企業に入社出来た者だと一般平社員・秘書などまで応分の株を貰っていて数千万円~億円単位のお金を得た者も居る。80年代には当時冴えない職種だったらしい株式調査部に配属されてもそもそと統計資料に埋もれていて会社もサボりがちだったような当時の若者は、90年代の間接金融から直接金融のシフトや投資家の機関化の進展等に伴い「アナリスト」として花形の高給取りになった。

こう言った人たちは、勿論中には虎視眈々と「まさにその時」を意識的に狙って経済的に成功した者もいるにせよ、少なからずは「たまたまその時期にそこに居たから成功した」と言う事である。しかしその時期にその場所に居れば(それが持続可能か否かと言う問題、私生活での幸せと言ったものと得てして両立出来なかったりしてバランスを崩しがちだと言った問題もはらむものの)実際金銭的な観点に関して言えば、一時的にせよ成功するものなのである。

これを「人生所詮運だ」等と嘆く人もいるが、嘆いた所で何の意味もない。人生そう言うものなのだ。ただその時にその場に居ただけで幸運を享受する事もあればその逆もある。人生そう言う面があるというのは変え難い事であり、これを受け入れる事から全ては始まると思う。

また、上記のような「黎明期から成長期への移行」だけでなく、逆に以下のような「成功・バブルが弾ける瞬間」「成熟・衰退後の残存者メリット享受・需要の復活」と言った局面も、チャンスを上手く捉えられれば”良い時期・場所”となりうる。

-バブル崩壊・経済崩壊の一歩手前。
-衰退・リストラが長期間に渡り続いていて、残存者メリットが出始める辺りの業界。

前者の例では、日本人ではソロモンブラザーズで日本のバブル崩壊にBetして巨大な利益を上げた明神茂氏が居る。氏はソロモンブラザーズにて(東京支社ではなくグローバルの)経営陣にまで上り詰め、現在はヘッジファンドを運営している。また、最近の例ではサブプライム崩壊で利益を上げたポールソン等が有名である。

こう言ったパターンだと、「たまたま」で利益を上げるのは中々難しく、「長い長い無名期間を経て、ついに花開く」と言うパターンが比較的多いだろうか。明神氏は1989-1990のバブル崩壊で利益を上げたが70年代から証券業界で仕事をしていたし、ポールソン氏は80年代よりコンサル・投資銀行・ヘッジファンド等を転々としてサブプライム危機の前はイヴェントドリブン等を手掛けており、比較的目立たないヘッジファンド業界の一人、と言った程度であった。

後者としては2000年代前半~中盤の鉄鋼業界・海運業界・資源会社(日本の場合商社)等が挙げられる。これらの業界は90年代は供給過剰で苦しみ、販売価格はずっと低迷しており、リストラや生産能力の縮小・供給能力の削減・バランスシートの劣化・業界再編等がずっと続いていた業界である。そこに2000年代に入って中国と言う巨大需要が発生した事で一気に需要が増大し、再度時代の寵児へと返り咲き、ボーナスも増えたというパターンである。株価も大きくドライヴした。就職等でも学生に人気の業種に返り咲いた。(まあぼちぼちピークアウトかな等とも思う訳だが、それはここでは置いておこう)

他にも例は色々あるだろうが、「外部環境における良い時期・良い場所」とは、言ってみれば、外部環境の変化率が一番大きい辺りと言う事だ。ボラティリティイズフレンド、ビッグチェンジのタイミングはチャンスなのである。オプションで言えばガンマロングのオプションの価格が一気に数倍に化ける手前のあたりの時期に、オプションのロング的なポジション・立ち位置を確保しておく事が重要だということである。それを具体例で説明すれば、大まかには上記のような状況が「外部環境の”良い時期・良い場所”」と言う理解を筆者はしている。

次に内部環境・個別要因における”良い時期・良い場所”について説明したいと思う。上記のような「外部環境」については実は重要度としては必ずしもそれ程には高くなく、実際の所は「内部環境・個別要因における”良い時期・良い場所”」と言うのが非常に重要だと考えて居る。とは言え、文章もだいぶ長くなったので次回に回すことにしたい。


注:出所はこちら。



成功したヘッジファンドマネジャーのインタビュー集である。Amazonで星1つになっているが、これは最悪の翻訳者による、グーグルの自動翻訳以下と思われる翻訳の酷さのせいである。原著者はファンドオブファンズの運用者できちんとした知識をベースにして取材しているし、原著の内容自体はマーケットの魔術師と並べて良い位大変に良いと思う。興味のあるかたは原書を当たるか、翻訳の酷さを割り引いて何とか日本語で読むかして頂けると幸いである。

2012年10月9日火曜日

○シンガポールでキャリアを積む事の善し悪し、馴染めるか・馴染めないかに等ついての幾つかのポイント。




さて突然だが、筆者のシンガポール生活も早いものでもうすぐ2年が経つ。そんな折りに、最近「シンガポールで就職・転職するべきか、日本で働くべきかで迷っている」と言った相談を頂く運びとなった。ほんの少し前まで筆者自身が右も左も分からずシンガポールに越してきたというのに、時の経つのは速いものだ。

そこで、今回は「シンガポールの善し悪し」「シンガポールに馴染めるか・馴染めないかを分ける事になるいくつかのポイント」を、前半はキャリア構築について、後半はシンガポール生活全般に話を広げて書いてみようと思う。但し筆者の出自が金融業界、しかもヘッジファンドと言うやや特殊な業界であり、製造業等の状況については疎い事は断っておく。シンガポールでの就職・転職、新生活を考えられているかたに、何かしらの参考になればと言った程度でご理解頂けると幸いである。


○仕事・Career Opportunityで考えると東京よりもシンガポール。但し新卒の場合、低付加価値労働の場合、非金融業界の場合は注意が必要。

・金融業界の場合は、仕事・Career Opportunityで考えると東京よりもシンガポールだろう。

先ずは仕事面だが、こと金融業界に限って言えば、昨今は東京よりシンガポールの方が仕事があると思うし、転職の選択肢も開けていると思われる。東京は毎日リストラの話ばかりである一方、シンガポールでは多少景気が後退したとは言え、グローバルハブとしての機能は健在であり人不足気味である。東京では熟練の経験者でも職に就くのが難しい一方で、シンガポールで働いている周囲の人を見ている限りではポテンシャル採用・未経験採用で「仕事を貰いながら成長できる」と言った機会がシンガポールにはまだあるようにも思う。上手い具合にそれなりに有望なキャリアが築けそうなポジションでのオファーがシンガポールで出たのであれば、ベースサラリーが多少安いのは大目に見てでもシンガポールで仕事をする価値は(税率が低い事に加え、キャリアビルドの観点からも)あると思われる。

キャリア構築についても、こと金融業界においては、東京からシンガポールに行くのは競争率も昨今高くて中々難しくなりつつあると思われる一方で、シンガポールから東京に戻るのは、(あくまでシンガポールで前向きにスキルアップ・キャリアビルドに励めばの話で、あくまで金融業界に限った話ではあるが)比較的可能と言おうか、少なくともシンガポール勤務によってその後の東京でのジョブサーチが著しく不利になるという事は無いだろう。東京とシンガポールの両方で似たような仕事をするオファーを同時に貰った、と言った状況なのであれば、シンガポールでの仕事をチャレンジする価値は十分にあるだろう。


・一方で考慮点も幾つかある。新卒、低付加価値労働、非金融業の場合等。

但し、一方で考慮点も幾つかあるので以下に列挙する。


-新卒の場合。

先ず新卒の場合である。

帰国子女など英語が出来、海外の大学等で学んで海外でのインターン勤務経験等も既にある学生で、低付加価値な単純作業ではなくきちんとしたキャリア構築機会のあるような仕事でオファーが貰えた場合は、最初からシンガポールでも差し支えないと思う。シンガポールは海外の中では比較的馴染むのが容易な「イージーな海外」の部類と言えるし、インターナショナルな環境で過ごす事に慣れていれば比較的容易に社会人のスタートが切れるだろう。但しこの場合、日本的なビジネス慣習・マナー等については完全に疎くなってしまうため、日本に戻る事を考えられている場合は、その際にカルチャー面のギャップで悩む事になる可能性はある。この点は留意して頂ければと思う。

一方で、海外経験のないいわゆる「純ドメ」の場合、「社会人デビュー」と「海外生活」と言う2つのハードルを一挙に越えなくてはならない事になり、かなりチャレンジングになる。日本の大手企業のような懇切丁寧な新卒教育体制等も、大方のシンガポール現地企業では期待しづらいであろう。日本で生まれ育った海外在住・勤務経験のない一般的な日本人の場合、最初の社会人のイロハやコアとなるスキルセットは日本で身に付けて、それからシンガポールや香港等での勤務を目指す、と言う方が(個別の事情で結論は勿論変わりうるが)一般論としては妥当な場合が多いだろう。


-低付加価値労働の場合。

次に単純作業・低付加価値労働の類についても注意が必要である。例えば飲食業のウェイター・ウェイトレスの類、コールセンターでの日本語での受け答え、アルバイトでも業務遂行可能な類の一般店員、その他いわゆるオフィスワーカーでも一般事務等の仕事だと、シンガポールでは日本では考えられない位の「薄給」になり、昇給機会も限られる。これはシンガポールの給与が安すぎと言うよりは、日本の一般労働者に対する給与がその付加価値の程度の割に高過ぎなのだと言った方が良いかも知れない。こう言った事情もあるので、アジアのメイン拠点を日本から香港やシンガポールに移転する動きが加速しているのであり、雇用が海外に流出しているのである。

シンガポール(ないしは恐らく香港等も)では、低付加価値労働者に対する待遇は極めて厳しいものがある。日本だと、総合職の入口として最初の社会人のイロハの学習として雑用もやらせるが後々ちゃんとキャリアアップの機会がある、と言った事もあるだろう。しかしシンガポールだとそうは行かない面があるようにも見受けられる。入口として「使い捨て」のポジションで採用されてしまうと、キャリア的に後が無くなってしまう面があろうかと思う。つまり、極めて安い時給・給与でコキ使われて、ローカルのシンガポール人や日本以外の国から来た外国人対比での付加価値も出せずキャリアアップもままならず、キャリア面等の成長機会等は全くあるいは殆どない、と言った袋小路の状態になりがちなのではないかと言う事である。この点注意が必要である。

こうなってしまうと給与も安いため生活するのでも四苦八苦、昨今シンガポールの物価水準も家賃を中心に高騰しているため蓄えも全く貯まらず、キャリアビルドも出来ないため日本に帰っても仕事がなくて日本帰国もままならない、と言った事態に陥りやすいように思う。シンガポールは、吉野家やコンビニのバイトで時給1000円(15SD)も貰えるような「一般労働者に優しい国」ではない。単純労働しか出来ない人は、可能な限り「労働者に優しい国、労働法規が労働者有利になっている国、ニッポン」で高い時給の恩恵を受けた方が良いだろう。

-金融業界で無い場合、製造業等の場合。

金融業界の場合、人材の流動性も高いし、地域間での人の移動も少なくない。地域が変わってもやる事は大差ないと言う面もある。このため、例えば一旦は香港やシンガポールで勤務した者が何かの事情で日本に戻りたくなった場合も、昨今労働市場の状況が大変厳しいので楽ではないにせよ、少なくとも海外で勤務していたと言う事が日本に戻る・シンガポール以外の国で働く等の選択肢も考えた際に不利に働く事はそう無いだろうと思う。(とは言えまあ、昨今東京のジョブマーケット自体が冷え込んでしまっているし、シンガポールもすっかり気に入ってしまったので、筆者個人的には片道切符かなと言う気持ちでやってはいるけれども。)

一方で、製造業等の場合で、日本企業からの一時的な海外駐在派遣ではなく、シンガポールへローカル採用で就職した場合、「次のキャリアの出口」が見出しづらい面があるかも知れない。この点は注意が必要である。

日本企業の場合は新卒生え抜きを重視する面も強いだろうし、労働市場の流動性も低い。いったん転職してしかも海外に出てしまい日本企業の新卒一括採用・生え抜き重視のカルチャー・レールから「外れて」しまった人材を受け入れられる素地は、これだけグローバル人材の重要性が叫ばれている昨今においてさえ必ずしも出来上がって居ないようにも見受けられるのである(そんな事で日本企業が生き残ってゆけるのか、それで良いのかと言った「ベキ論」は今回の主題から逸れるので省略する)。給与水準についても、ローカルハイヤーだと往々にして日本よりも安くなりがちで、一般的なローカルハイヤーだと、例えば日本で家が買えるような所まで蓄財するのが難しい面もあるかも知れない。そんな訳で、何かしら応分の付加価値・特殊な強みがあれば別だが、日本に戻りづらい・片道切符になってしまいがちの面はあるかも知れない。

そんな訳で、日本企業の派遣駐在員等の立場で期間限定で地位も守られた状態でシンガポールに来る際は深く考える必要もないだろうが、ローカル採用として本格的にシンガポールに移住を考える際にはこの点は良く考える必要があるだろう。つまり、一回海外に出たからには外資系メーカー等を転々としながら海外でキャリアアップすると言った覚悟が必要になるかも知れないし、それに応じた語学力やスキル面でのEdgeを磨いてゆく必要が出てくる可能性が高くなるといった事柄への考慮が必要になるかもしれないと言う事である。入口を考える際は、出口・落とし所も考えておく事は、株のトレードに関わらずキャリア構築においても大切であるから、この点記載しておきたい。


○生活全般での留意事項:「シンガポールに馴染めるか・馴染めないか」の分け目になりそうな項目幾つか。

仕事面について記載したので、次は生活全般における「シンガポール生活の善し悪し」「シンガポールが好きになれるか馴染めないかの分かれ目になりがちなポイント」を、筆者の思い浮かぶ範囲で幾つか列挙しておきたい。

筆者個人的には、シンガポール生活は非常に心地よく、お陰様でエンジョイさせて頂いている。筆者の場合、夏も好きだし、インターナショナルで開放的な雰囲気でかつアジアなので黄色人種でも居心地が良く適度にほおっておいてくれるし、適度に陽気でせかせかしない感じが気に入っている。景気も良く、黄色人種・日本人への差別もなく、治安も良く、適当な英語でも通じるし発音云々で見下されたりする事も余りなく、子供の教育等の面でも困る所もなく、日本食レストランやスーパーも豊富で、日本人コミュニティも確立しており医療等も(値段は高価だが)日本語で対応してくれる所がある事等を考えると、海外の中では「One of the easiest海外」であると考えて良いだろう。

しかし、シンガポールが好きになれない・馴染めない日本人も少なからず居るのもまた事実である。

そんな訳で、以下にシンガポールに馴染めるか馴染めないかの分水嶺となりそうなポイントを、思いつく範囲で参考までに幾つか書いておこうかと思う。下記とどの程度折り合いを付けられるか、と言った所が、「シンガポールを楽しめるか否か」を分けるポイントだろうと思われるので、参考にして頂ければと思う。


・シンガポールの”ある種の適当さ”に馴染めるか否か。

シンガポールが嫌になる人のパターンとしては、良くあるのが「シンガポールの”ある種の適当さ”に我慢ならない」というパターンが挙げられる。

待ち合わせすれば30分位は遅刻して当たり前、仕事が残っていてもローカルのシンガポール人は余り遅くまで仕事しない、職場が忙しくてもMedical Leaveも可能な限り取るような人も散見される、一部の優秀な人は優秀だけどそれ以外は日本の基準で行くと余り仕事熱心でもない、清掃業者や配送業者等のオペレーションがいい加減、自分が悪くても中々謝らない、と言った具合で、細かい点を挙げるときりが無い。むしろ日本が全体的に「きっちりしすぎる位几帳面」と言えるようにも思われる。

これらの点については、シンガポールはライフワークバランスを重視する人が日本よりも多い、景気も良いためそこまで必死に細部に渡り正確・丁寧に会社・仕事に奉仕しなくても生計位は何とかなってしまう、容易に自身の非を認めると不利になるので日本人のように簡単には自身の非を認めないのはシンガポールに限らず海外の一般的傾向、と言った背景があるという事で納得する以外ない。几帳面で、こう言う事にイライラしてしまうタイプの人にはシンガポールは余り向かないように思う。逆に、南国で、景気も良いし、多少の事は余りきにせず陽気に稼ごうね、と言った人には比較的向いているかと思う。筆者も当初は相応に面食らったが、慣れはあるように思う。


・経済は先進国入りしたが文化面が未成熟・発展途上である事に馴染めるか否か。

その他、「文化がない」と言う所を好きになれない人も居る。特にヨーロッパに住んでいて欧州での生活が好きだった人、ニューヨークに住んでいてArt/Entertainment関係が凄い好きな人、日本のハイレベルの食文化・レストラン等に慣れている人、服飾・ファッション等が好きな人には、この点が好きになれない人が少なくないようである。皆税金が安くてお金儲けし易くてPolitical Riskも低いからビジネスライクな理由でシンガポールに住んでいるだけで、味気ないと。

この点については、まあ歴史の短い国であるし、ここ10-20年位で経済成長ありきで急成長した国だし、文化面が無いとまでは言わない(良く見ればちゃんとある)が成熟していないのは仕方ない面はあろうかと思う。ニューヨークやパリ、東京と比較するのはちょっと無理があろうかと思う。服飾や食文化等に変化・奥行きが乏しいと感じられるのは、南国で四季がないと言う、立地上仕方ない面もある。

とは言え、シンガポール在住者からすると、それでもここ数年で相当改善していて、最近ミュージカルやコンサートの類も明らかに力が入っていて増えているし、有名ミュージシャンのライブツアー等でもシンガポールに来るようになっているし、レストランの質もここ数年でかなり改善しておりミシュランで星が付いている店も少ないにせよ出てきている。おしゃれなカフェ等も増えているし、一昔前はTシャツにビーチサンダル、ノーメイクで闊歩していたシンガポール人女子などもここもと徐々におしゃれになってきたりしている。寺院なりシンガポール地元のソウルフード、昔ながらのシンガポールの街並みと言った「地元文化」も良く見ればある。この辺は考え方次第かな、と思われる。


・「四季がない」事に耐えられるか否か。

当たり前だがシンガポールは(雨季傾向・乾季傾向、暑い、プールで泳ぐにはやや涼しい等の微妙な差はあるが)ずっと夏である。季節の変化がなく、服もずっと夏服のまま、季節の食材を使った変化に富んだ食事、と言ったものもない。なんだかずっと居ると、まったりと始終暑い南国の空の下、変化がないまま気づいたら時間が1年、2年と経過している、と言う感じになりがちでもある。温泉もないしおでんに熱燗で一杯の楽しみもない。暑いのが身体的に苦手な人にも、ちょっとしんどいかも知れない。

まあ、こればかりは仕方ない。シンガポールのチャンギ空港も非常に使い勝手が良いので、時々四季のある国に旅行にでも行って楽しむ、と言う他ないだろう。場所的に、周辺のアジア各国等も旅行し易いし、楽しもうと思えばそれはそれで楽しめると思う。


・「東京23区位の広さしかない」「世間が狭い」事に耐えられるか否か。

これもまあ、そうなものは仕方ない。利点としては、どんなに遠距離通勤でも1時間以内で通勤可能で大概は30分以内で通勤出来る、買い物・繁華街などコンパクトにまとまっており便利と言う事がある。良い部分もある。

しかし、逆に言うとシンガポール国内に居る限りは夜の遊び場等も含めてこの範疇で遊ぶ事になり、選択肢が限られると言う面は否めない。シンガポールに住んで1年もすれば大体行く所も固定化してしまい、やる事も映画・買い物・外食・旅行・その他何がしかの趣味なりスポーツなりと言った具合で固定化してきて、だんだん飽きてくると言う面はあるかも知れない。

更には、「世間が狭い」と言う面もあり、繁華街を歩いていると友人知人、果ては昔の彼氏彼女に不倫相手やらに遭遇する可能性も日本・東京等に居る際よりもかなり高い。この点を愚痴る日本人も少なくない。まあ気持ち的には分からなくもない。

しかし、少し考えて欲しい。皆さんが日本に住んでいる・いた時、「映画・買い物・外食・旅行・その他何がしかの趣味なりスポーツなり」以外の何だか物凄く楽しくて充実した事をしていた人がいかほどにいるだろうか。筆者の見立てでは、こう言う愚痴を言う人の8割がたは日本でも愚痴っているだけでリア充ライフを過ごしていたとは考え辛いようにも思われる。シンガポールで遊ぶのに飽きてくれば海外旅行をすれば良い。チャンギ空港も便利だし、金曜夜の便でタイやバリ島等に出かけて日曜夜に帰って来ると言った事も出来る。温泉が恋しくなったら休暇の際に日本に旅行すれば良い。趣味のクラス・集まり等も、ヨガにダンス、各種ジャンルの音楽に各種スポーツ、料理に果ては茶道等まで一通り揃っている。加えて日本のテレビや映画等も簡単に観られる環境にもある。日本語の書籍も簡単に買える。ここまで日本人にとって恵まれた海外はそう多くはなかろう。ものは考えようである。

とは言え、「世間が狭い」事の窮屈さと言うのは、シンガポール在住が長くなると感じる面はあるかも知れない。日本人コミュニティとなると非常に狭いし、更には日本人コミュニティかつ同業者、等と言うと本当に狭くなる。例えば男女関係などで狭い世間で余りドロドロした付き合いを後先考えずにしてしまうと、後々気まずい思いをするかも知れない。

この点については、「君子の交わりは淡きこと水の如し」で、シンガポールにおける人間関係に対する距離感の取り方を工夫する等と言う事になるだろう。


・「一人身向けの香港、家族向けのシンガポール」と言った点についてどう捉えるか。

海外勤務経験者の一般的な意見として、「一人身向けの香港、家族向けのシンガポール」と言った事はよく言われる。つまり、香港の方が感覚的に独身者が多く、夜遊びや出会いの場も充実しており刺激的で楽しめる場所である一方で、シンガポールはナイトスポットは香港より貧弱だが緑が多く空気もきれいで治安も良くて教育インフラも充実しているためファミリー向けだと。筆者は香港で勤務した事がないので両方を比較した上で意見を述べる事は出来ないが、確かにまあこう言う面はあるのかも知れないな、とは思ったりもする。

例えば、シンガポールに住んでいる日本人は、既婚者が多いように感じる。つまりは、男の立場から「おおっあの女性美人じゃね?日本人?」と思ってもいわゆる「駐妻」のケースが少なからずあり、女性の立場から「おおっあの人日本人かな?イケメンじゃね?」と思っても駐在員の妻帯者であるケースが多いように思われる、と言った事が挙げられる(上に書いた通り、シンガポールの日本人内で不倫劇等をやると、狭い世間で大変面倒な事になるので筆者としてはお勧めしない。各自の自己責任で。)。

更には、独身であった場合でも日本企業の駐在員としてシンガポールに赴任している人の比率が高いため、せっかく出会いがあっても短期間で日本に帰国してしまうと言ったイシューもある。投資ユニバース、ならぬ異性とのお付き合いユニバースを日本人に限定した場合、こう言ったイシューに直面する事は少なくないように思われるのである。

その一方で、既婚者・子供持ちの人のシンガポールに対する感想は総じて明るい。教育費が高いのはネックだが教育自体は充実しているし自然と英・中・日のトリリンガル環境で育てられる、家政婦も安く雇える、ママ友も出来る、子供の急病等の際も日本語で医療が受けられるので安心、治安も良いし緑も多いし、等等と言った所である。

つまり、香港とシンガポールを明瞭に比較分析した訳ではないが、シンガポールに2年間、独身男として滞在してみた感覚としては、確かに「シンガポールはややファミリー向きかも知れないな」と感じる要素はあると言う事である。

まあ、そうは言っても独身者も出会いが全くない訳ではないし、語学面の制限や向き不向きはあるが恋愛ユニバースをシンガポール人、英語・日本語等も話せるバイリンガル・トリリンガルの中国人、エクスパットでシンガポールに住んでいる欧米人等にまで広げれば選択肢は広がる。また、既婚者で子供も居る場合はシンガポールはかなり恵まれた場所だと考えて良いだろう。この辺もまあ、考え方次第と言った所だろうと思う。


・・・以上、カバー出来ていない論点・ポイントも多くあろうかと思われるし、あくまでも筆者の個人的な感想に過ぎないが、小生が思いつくのは、こんな所だろうか。まあ筆者個人の感想としては、色々善し悪しあるが、全体的に考えてみれば、最初に書いたとおりで非常に気に入っているし、シンガポールと言うのはいわゆる海外の中では一番過ごし易い部類の海外の一つかと思われる。以上ご参考まででした…

2012年8月27日月曜日

○筆者の当面の目標


最近ブログもTwitterも多少面倒になって来ており、ブログの方は特に久しぶりの更新となる。

特段何があったと言う事ではないが、筆者もいい年であるし、キャリアアップだ履歴書磨きだといった若々しい事柄に熱中して頑張るような歳でもなくなって来た。かと言って、トレードとはヨガのプロセスで社会貢献が云々言うクレド・ビジョンの類いもそうは思うけれどもちょっと抽象的で、もうちょっと具体的にどこで付加価値を出すから自身はお給料貰ってご飯が食べれるのかと言う所を明確にしたいなあ、クレド・ビジョンの類いと日々の作業を繋げる類いの当面のゴール・目標的なものを明確にしたいなあ等と茫漠と感じていたりもした。

そんな折に、前から漠然とは思っては居たがきちんと言葉に出来て居なかった「当面のゴール」的なものが、諸々の化学反応なのか分からないが何となく浮かんで来たように思う(大げさに言えばアファメーションとかそう言う類なのかとは思うがそこまで大げさなものではない)。そんな訳で、特段の情報価値がある訳でなし、誰を対象にしたものと言う訳ではないが、以下に簡単にまとめておこうと思う。


○筆者の当面の目標

真面目なる運用者の技能を最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なるアルファファクトリーの建設に貢献する短期・中期・長期全てのタイムホライゾンにおける投資・トレードにて好況・不況に関係なく安定した絶対収益を上げる事が出来るようになる事で、以下3点に貢献したい。

1.個人・年金・大学基金・チャリティ基金等の顧客に、老後の暮らし・大学運営費用・慈善事業運営費用等に煩わされる事なく、安心して各自の人生の謳歌、教育の向上、慈善事業等に集中できる環境を作る事に貢献する。

2.株式・債券等を発行する事業会社には目先業績等を心配せずに中長期的な事業経営に集中出来る環境を作る事に貢献する。

3.これら活動を通じて、金融・運用業界の健全な発展と自身を含めた金融・運用業界従事者の自己実現に資する。』


...以下、幾らか補足したい。

運用者は「真面目」である:資産運用も製造業や他の事業と同じ、真面目な実業である。運用者は真面目でないといけない。また、コンプライアンス・法令等を遵守し、フェアに清清しく収益を上げなくてはいけない。

運用者は「技能を最高度に発揮」せしむものである:鮨職人等がそうであるように、運用者も常に技能向上に努め、これを発揮せしむべきである。

運用者は「自由闊達にして愉快」である:創造的な投資・トレードアイデアは自由闊達で愉快な環境から生まれる。バリュー投資の父、ベンジャミン・グレアムは「バカげた事や創造的な事、寛大な事」をしていたいのだと言う名言を残している。ウォーレン・バフェットも時折投資を下世話な下ネタや冗談で喩えるなど、独特の遊び心がある。運用業界の末席にて仕事をする小生も、先人のこう言った特性に習いたい。

運用者は「アルファファクトリー」である:業界内外から異論はあろうものと思われるが、短期・中期・長期のタイムホライゾンに対応出来て好況・不況に関わらず安定した絶対収益を上げられる事で、顧客・投資先に貢献出来ると小生は信じている。幾ら長期投資を標榜しても、月次・四半期・年次のパフォーマンスが不安定では顧客が不安になる。飛行機・船・タクシー等が出来れば揺れたりせず危なげなく運行されて欲しいと思うように、資金運用も同様であって欲しいと顧客が願うのは自然な事であろう。年金受給者・大学基金・慈善基金等の資金の出し手が不安を抱く事なく、各自の人生の謳歌・教育改善・慈善活動等に打ち込める環境を作る事に貢献するのが運用者のミッションであると考えれば、短期のトレードで市場に流動性を提供しながら安定的な収益を上げられる事も疎かにするものではないし、短期収益の積み上げによる余裕が得られて長期のリスクテイクも不安なく出来るものと考える。また、事業会社の経営者には「短期の株価の対応は、資金の出し手が不安にならないように運用者側で上手くやりくりしておくのが運用者の仕事だから心配する事はない。事業経営者は目先の四半期業績を作る事等に惑わされずに、中長期で社業が良くなる事、ひいては社会に貢献する事に集中すれば良い」と声をかける事が出来るものと小生としては考える。

また、目標が東京通信工業(現ソニー)の設立趣意書の引用である点については、世界情勢が不透明であり日本においては悲観的なムードも少なからず見られる現代だからこそ、戦後の焼け野原の時点で上記のような設立趣意書を書いて立ち上がった先人の勇気と知恵を拝借したいとの思いからである。(手抜きではない、決してない、多分ない、もしかしたらないと思うと言う事に、気分的に一応しておきたい・爆。他に何か航海の方位磁針となるような標語を考えようとも思ったが、この設立趣意書以上のものは凡人の小生には浮かびようがなかった。)

勿論小生に至らない点は多々あるし、毎朝起きる時は眠いし仕事終える時は疲れてグダグダしたいし、リターン等もさして目立ったものではなく、極めて平凡な大勢の同業者の一人である。また、今の仕事をいつまで続けるのか等について特段のプランが自身にある訳ではない。

とは言え、ただ仕事していれば儲かると言う業界の状況ではなくなっているからこそ「何のために働くのか」と言った原点については確認しておきたかった面もあるし、楽な業界の状況ではないからこそ前向きな旗を先ずは立ててみる事も重要なのかなとも思う。今この時点においては、これらの実現を当面のゴールとし、自然体で、感謝を忘れず、自然の流れに沿いながら日々過ごして行きたいようにふと思った。

2012年6月16日土曜日

○ヘッジファンドの中年以降のキャリアステップ その3:ヘッジファンド業界の一般市民がシニアになってから(あくまで現在の所は)選びうる"あの人は今?"色々。


さて、今までで、1.一般のかたが夢描く「成功者としてのゴール」。2.多くの方が夢描く「独立・一国一城の主」の実際。…と言った点について紹介を試みてみた。

今回は、更に一般的とでも言おうか、特段ドラマチックに大成功する訳でもなく、ドラマチックに起業して悪戦苦闘する訳でもなく、無名の一般市民が特段大成功する訳でもなく大失敗する訳でもなく中年を迎えた場合にどうなるのかと言う所について考えてみたいと思う(大多数のかたにとってはこの辺の所が一番身近な所でもあり、知りたい所であろうかとも思う)。つまり、ヘッジファンド勤務者特に運用やリサーチ等のフロント業務の人間の「流動的で不安定とは言え現時点で考えられる中年以後のあくまで会社員としての落ち着き先」について、現状周囲を見ていてあり得る所をやや五月雨式になるものの紹介してみたいと思う。

ただし、これらはあくまで「2012年の今の時点でシニアな人が、現状の所考えられる落ち着き先」である。今はヤングな皆様やヤングではないがシニアと言うにはまだ早い筆者のような人間が、10年20年後にどう言った先が考えられるのかと言う事についてははっきり言ってよく分からないし明確な事は言えないと言う点についてはご理解頂ければと思う。


○今のところあり得る無名の一般市民向けの「あの人は今?」について、思いつく範囲での一覧。

-シニアになってもヘッジファンドの運用者・アナリスト等の仕事を続ける。

...比較的長期に渡って自身のエッジを確保出来て、独立出来るとか大成功すると言った程には劇的に派手なものではないにせよ「それなり」のトラックレコードを積み上げる事が出来た場合、一定の知名度を確立出来た場合等はこの選択肢はあるように思う。

実際、昨今のヘッジファンド運用者で「第二世代」以前の層は既に40代~50歳内外のはずである(因みに筆者のような、30代で不況しか知らず、アニメやテレビゲームで育った辺りのヘッジファンド業界従事者は「第三世代」等と呼称される)。勿論簡単な事ではないが、こう言った選択肢もあると言う事は言えるように思う。

反射神経が必要な超短期のトレードの場合は年齢と共にしんどくなって来る面はある。しかし、タイムホライゾンを秒・分単位から、数日〜数ヶ月等のポジショントレーダー的な形に移し、リサーチなり過去の様々な相場等を良く知っている事等の年輪の蓄積が効き得る形でエッジが出るように工夫し、ストレスがかかり過ぎないようにして家族や子供との生活と両立出来るようなスタイルを確立する、と言った形に上手くシフトして行ければ、比較的シニアになっても運用の仕事をやれない事はないように思う(まあ、これが結構難しい面はあるのだが)。スポーツ選手で言えば、若い時のように反射神経や豪速球や腕力では勝負しづらくなるが、変化に富んだ配球技術や経験で補いストレッチや食生活等を気配りしてコンディションを整える事で活躍すると言った所だろう。実際に、40代以降もファンドマネジャーやアナリストとしてヘッジファンド業界で活躍されている諸先輩は既にあられる。


-ファンドオブファンズ等のアナリスト・運用者になる。

...ヘッジファンドからファンドオブファンズに移ると言うのは、現在の所比較的多いキャリアステップである。ヘッジファンドを内側から見て実際に運用・調査をして来た経験、同業者の知人や人脈等もあると言った点を活用して、「どのヘッジファンドに投資したら良いか」について調査・投資を行う側に回ると言う事である。日々相場で直接に切った張ったやる訳ではないし、過去の経験蓄積をエッジにし得る分野である事もあり、シニアになっても比較的可能な職種であると言えるかも知れない。

とは言え、ヘッジファンド業界も歴史の浅い商売であると同時に、ヘッジファンドに投資を行うファンドオブファンズ業界も特に日本においてはそう歴史の長い業界ではないし、その立ち位置も完全に定まっている訳ではない。ある程度流動的な面があると言う事は付記しておく必要があろうかと思う。


-年金セールス、ファンドマネジャーと営業のリエゾン、商品企画・マーケティング等、シニアとしての年輪と運用経験が活きる他職種に回る。
-コンプライアンス等の裏方の仕事に回る。
-元々セルサイドで知名度があってヘッジファンドにチャレンジした場合、バイサイドにいて古巣からお呼びがかかった場合等、大手セルサイド/バイサイドに戻るといった選択肢。

…上記のような既存の金融関連職種は、現在の所は「シニアの年輪が生きる、一定のニーズがある職種」と言えるかも知れないし、一定の人材の受け皿になっている。年金基金の理事や事業会社の経営者等と話をすると言った局面においては、ある程度以上シニアの方が風格と言おうか説得力も出易いしやり易いと言った面はある。今後もある程度の受け皿になり続ける事は予想出来る。

しかし証券・運用業界自体が尻すぼみになっている事、年金基金については高齢化社会の進展により払い出し超過で将来的に規模が縮小して行く事を考えると、将来的に(有り体に言えば筆者や読者がシニアになった10年後20年後に)この種の受け皿が存続しているのかと言うのは、良く分からないというのが正直な所である。


-ファンドのコンサルタントになる。
-年金基金等の担当者になる。

…この辺りの運用業界の職種は、AIJ問題等で年金基金におけるプロフェッショナルの重要性、あるいは第三者からのデューデリジェンスや評価の必要性が認識されたようにも思うので、今後人材の受け皿になる可能性はあるように思う。

現状の所、ファンドのコンサルタントや年金基金担当者で、実際にヘッジファンドの運用に従事した事のある人材は現状極めて乏しい。

一方で、世界的に成長率の鈍化に国債金利の低下、有り体に言えば「日本化現象」が進展中であり、国債を買ったりロングオンリーで株を買っておけば(いわゆるβを取る運用をしていれば)年金が増えて行くと言う時代は終焉を告げつつある。短期的にはAIJ問題等により年金基金のヘッジファンド投資の流れは中断されてしまった感は否めないが、中長期的に考えれば、国債金利も低いしロングオンリーでも厳しいと言える訳で、代替投資としてのヘッジファンド、αを取ることで年金に必要な絶対リターンを確保する必要性は高まって行くものと思われる(微妙にヘッジファンド業界からのポジショントーク、セールストークなのはご容赦頂きたい 爆)。

上記の状況を考えると、今後ヘッジファンドでの経験のあるシニアが上記のような職種に必要とされる可能性は比較的あるのではないかと思われる。

一方で、高齢化社会の進展により年金は支払い超過で徐々に年金基金のサイズ自体が小さくなっていく所も多いだろうから、仕事の数としてそんなに増えるのだろうかと言う面もある。中々判断は難しい所である。


-大学で、ファイナンス・経済学科等の講師・教授等になる。

...教職と言うのは金融シニアの落ち着き先として比較的人気がある。しかし少子化で大学の教職の席数にも限りがある。著書や論文執筆等の実績も必要と思う。今後は中々大変かも知れない。

それでも日本ではまだ実務界と教育界の交流が不足しているようにも思われるし、日本において金融を実業として発展させるには大学でこの手の交流がなされて若手が育つ環境を作る事は重要であるとも思われる。この事を考えれば、今後も一定のニーズはあるだろう。


-金融業のヘッドハンターになる。

...同業者内に人脈の多い場合等、こういった選択肢もある。しかし昔はヘッドハンターも儲かったそうだが、昨今金融業界の年俸水準自体が低下している事、採用も減っている事、ヘッドハンター間の競争激化等で、中々簡単には行かないビジネスのようである。


-事業会社の財務・IR等の仕事(元々株のアナリストだった場合等)。
-IRコンサル等、関連分野のコンサルタントになる。
-証券取引所等での仕事。

...昨今、比較的この手の転職は増えているように思う。金融業界自体、あるいはアナリスト、トレーダー、ファンドマネジャーと言った職種自体が一つのバブルで今が崩壊過程にあると考えると、バブルで大量供給された人材・スキルが、事業会社や資本市場を支える産業にて活用されるようになる事で、日本企業・日本経済の次の成長がどこかの段階で促され始めるのかも知れない。不動産バブルの発生により不動産への過剰資金流入、投資、過剰供給が為されてバブルの崩壊により起業家にもリーズナブルな賃料でオフィス供給が為されて起業が促されるとか、ITバブルの発生によりブロードバンド網への過剰な資金流入、投資、過剰供給が起きてバブル崩壊により安価なブロードバンドインターネット環境が整ってグーグル、楽天、フェイスブック等が出て来ると言った理屈と同様である。

そう考えると金融業界で働き人余り状態著しい我々も、もしかしたら次のイノベーションの礎として貢献出来るかも知れない訳である。「安価に」と言うのはアレなので脇に置いておくとして、こう考えれば悲観的にばかりなる必要もなかろうとも思うし、中年/壮年になっても中々面白い機会に巡り会う可能性もあるのではなかろうかとも思う。ケンタッキーフライドチキンのおじさんは60代で成功した訳で、まあ人生どうなるかと言うのは最後まで分からないものであるし、そこが人生の面白い所だろう。


-大学・大学院等に戻ってJob Changeする(金融業界担当の弁護士等の仕事、あるいは全く別の職種等色々)。
-違う世界で起業する。
-その他、何がしかの形でご飯を食べる(塾講師、タクシー運転手、ヨガの先生、農業、その他?)

...この辺になると、完全にいわゆるJob Changeなので、特段記載する事はない。人生を再スタートすると言う事である。それもまた人生だろう。


○結論:ヘッジファンド屋さん(あるいは時代の変化の速い中に生きる現代人一般にも?)に重要なのは、今この瞬間に集中する事。

…こんな訳で、色々と「より一般市民向けの、ヘッジファンドの民のキャリア後半戦」について考えられる所を列挙してみた。他にも考えれば色々あるかも知れないが、筆者がぱっと思い浮かぶ範疇と言う事で、この辺にしておきたいと思う。

なんにせよ、日本においてヘッジファンドと言う業界・職種は歴史の浅い分野であり、職種として確立してからまだ期間が経って居ない。日本でのヘッジファンド黎明期は90年代、職種として定着し始めたのは中小型株ブームで中小型株中心に手掛けるヘッジファンドが多数登場した2000年代中頃以降である。また、金融業界自体が今後どうなるのか不透明な面もある。

そんな訳で、結論としては最初に書いた通りで、「ヘッジファンドにキャリアステップ?そんなものないし、戦略的キャリア構築だの定年退職に確実な老後だの安定した生活だのが好きな人がやるような仕事ではない」と言う所に立ち返る事になるように思う。つまり今まで幾らか挙げたのは、あくまで現時点で想定されうる幾つかのあり得る選択肢に過ぎない。数十年先がどうなっているかなど、実際の所は分かりはしない。

時代の変化は昨今益々速くなっており、長期の見通しがつきづらい社会になっている。未来の事など分からないし、元来生きるとはそう言うものである。定年退職までの生涯収入と老後の生活まで計算出来るような気分になっていた一昔前の方が、生き物としての自然なありようから離れていたと言うか、特殊だったようにも筆者個人的には感じる。世界とは元来変化と不確実性に満ちているものなのだと思う。

そう言った中において、大切な事は、将来をやたらと憂いたり不安がったりして元来存在しない「老後までの安定」と言った実際にはありもしない偶像を求める事ではなかろう(無い物はどうやっても手に入らないであろうからエネルギーの無駄であるし、辛いだけだろう)。また、本屋に並んでいるような中身の薄い「経済的自由が云々系の本、成功哲学が云々系の本」に次々かじり付いては3日坊主で終わるような事でもないようにも思う。

大切な事は、ある程度きちんと「現実としてあり得る"あの人は今"」「こうありたいと思うような"あの人は今"的中年像」と言うのを感じたり頭の片隅程度にはおきつつも、「今この瞬間」を有意義に過ごして人生を「生き切る事」であるように思う。

筆者自身も、今まで3回に渡り色々列挙した中のどれに今後なるのか・なりたいのか等について、特段の考えを持っては居ない。ただ今出来る事・やりたい事を続ける事、今日を楽しみつつも将来にも有意義と思われる学びなり向上なりを続けていき、ご縁や自然な流れに運ばれながら自然にどこかに辿りつくだけである。辿りつく場所がどう言った場所であれ、日々悔いなく適度に楽しく前向きに過ごしていれば、その場所が「住めば都」になるだろうと考えている。

昨今、日本企業でも平気でリストラや退職勧奨等がなされ、一昔前は安泰一流と言われていた企業でも今は見る影もないと言った事が比較的簡単に起きる時代である。そう考えると、上記のような発想は、何もヘッジファンド業界従事者だけに言える事ではなく、比較的一般的に必要とされる発想なのではないかとも個人的には感じている。

そんな訳で、3回に渡ってもそもそと書いて来たような内容が、金融業界の皆様、ヘッジファンド業界に興味があるかた、既にヘッジファンド業界にあられる若手等に加えて、他業種のかた等も含めて何かしらの示唆があると感じてくださるかたが一人でも居るのであれば、「未来の不確実性とリスクを取り扱う事を生業とする実務家」の多くの中の一人として片隅で仕事をしている筆者としては嬉しく思う。