2012年6月14日木曜日

○ヘッジファンドの中年以降のキャリアステップ その2:多くの人が起業に憧れるが…ヘッジファンド起業の現実について。


さて、前回からの続きで、「ヘッジファンドキャリア、中年になるとどうなる?xx年後の"あの人は今"」である。今回は、前回の理想形から踏み込んで、より現実的な姿と言うか、頻繁に見られる姿と言う事で、「ヘッジファンドの起業・独立の実際のところ」を挙げてみたい。


ありうる中年以降 その2:引退できる程の蓄財は無いがヘッジファンドを設立して独立する場合。

先に書いたような「勝ち組的ハッピーリタイヤ」的な状況を最終ゴールとして、そのためのステップとして「自分が一国一城の主になる、サラリーマンを卒業して独立する」と言った所を目指して内資・外資系証券や同運用会社で仕事をしている人は少なくない。そして年齢的には大体、30-40代辺りで独立する。最初は自己資金+個人的な知己・富裕層の友人知人等の資金を受託して数億円~10億円程度の運用資産によるスタートになる事が通例である。


○独立の現実:独立するだけであれば案外可能だが、問題は軌道に乗せて続ける事。

独立するのはそう荒唐無稽でもないしやろうと思えば案外出来るようで、筆者の周囲でもそう言った人は少なくない。

しかし問題はそこからだ。会社は作るのは簡単だが継続するのが難しい。会社組織が全部お膳立てしてくれて相場さえやっていれば良いという環境でも十分に難しい相場の運用を行う以外に、バックオフィスの構築や人繰り、マーケティング、金融規制対応・コンプライアンス遵守体制確立等の経営者業務、更には初期には各種雑用までも同時にこなさなければならないのである。

結果として、運用資金も思った程集まらない事に愕然とし、専門職たる運用・調査と全く異なる適性が必要な経営者業務に苦戦し、運用業務にも中々時間を割いて集中出来ず、七転八倒すると言うパターンが極めて多い。そしてよくあるパターンとしては、運用額が数億円~数十億円前半位で足踏みしてしまい、中々軌道に乗らない状態が続くかファンド閉鎖の結末である。

数億円も運用するなんて凄いじゃないかと思われるかも知れない。自己資金ならそうかも知れない。5億円の資産を配当利回り3-4%位の優良企業の株にしておけば税金等考慮しなければそれだけで年収1500-2000万円、引退モードである。

しかし、自己資金は限定的な額で主に他人のお金を数億円運用している場合、売上は運用額の1.5%程度のマネジメントフィー+リターンの20%程度の成功報酬であると言うのがポイントである。また、成功報酬は安定的な売上ではないので経営を考える際には除外して考えないといけない。

そうなると、運用額10億円では、その投資顧問・ヘッジファンドの会社としての年間売上は10億円*1.5%=1500万円の売上しかないのである。給料が年収1500万円ではなく、売上が年間1500万円である。更に個人投資家ではなくビジネスとして運用会社を運営するとなると、ここからオフィス賃料、人件費、ブルンバーグやその他IT代、弁護士・会計士等の専門家への支払い費用、プライムブローカーやファンドアドミ費用等等を出さなくてはいけない訳である。マネジメントフィーは計算上1.5%としたがもっと安い所もある。はっきり言って経営的にはかなり厳しい。従業員など雇える状態ではない。

この計算で行くとリターンが年率15%で出ても、運用額10億円*年率リターン15%*成功報酬20%=3000万円の売上で、この位のボーナスであれば会社員で運用者をしていても十分可能な額である。ちなみに年率15%と言うと簡単そうかも知れないが、実際やってみると、(のるかそるかのレバレッジをかけてたまたまラッキーでと言う事ではなくて)しかも経営者・起業家としての諸事をこなしながら「片手間で」これを実現するのは難易度の高い仕事である。

つまり10億円内外の運用額では、(自己資金ではなく顧客の資金を受託運用すると言う形では)起業するリスクと全く見合っていないのである。この位の規模感で留まってしまった場合、独立する事に対する旨みは(やりがいとか理想的な投資・トレード哲学を実践出来るとかやりたい事をやらずに人生を後悔すると言った事はなく清々しいと言った定性的な効用は別として、少なくとも経済的には)ない事が理解できるだろう。


○理想のヘッジファンド起業の成功モデルケースとは?

ではヘッジファンド起業で、前回紹介した成功者になれるような理想ケースはどう言ったものであろうか。ヘッジファンドをローンチした場合、きちんと経営が軌道にのる理想のケースと言うのは、以下のような感じである。それがいかに容易ではないかを感じ取って貰えれば幸いである。

最初に幾らかの自己資金+個人的知己等から10億円程度の資金でスタートする。有名人がアメリカやパンアジア等でヘッジファンドを起業した場合は最初から数百Million US$からスタート出来る場合もあるがこんな事例は実際には殆どなく、ニッチでひねもす日本株他日本関係のプロダクトで起業する場合は会社員時代の履歴書が相当きれいで運用のトラックレコードが相当優秀な人でも最初はこの位である。

そして先ず最初の1年の運用リターンと言うのが極めて重要になる。理想としては最初の1年で良いリターンを出し、Eureka HedgeなりAsia Hedgeなり他の賞でも良いので「新人賞」の類にノミネートされて、知名度を上げて運用金額を早期に100億円(あるいはUS$で100Million程度)に乗せる事が重要である。

なぜ最初の1年が重要かと言うと、ローンチして間もないうちは注目度も高いし、マスコミ等にも紹介して貰いやすいし、上記のようなファンドの賞にも「新人賞」的な枠があるといった具合に、顧客認知を高めるには重要な機会になるからである。2年目以降は他にも新規ローンチのファンドは毎年ある訳であるからフレッシュさ・新鮮さも無くなるし、リターンが月並みであれば顧客認知を得るのも難しくなり、マーケティングも難しくなるのである。運・実力等を総動員して最初の1年が良いものである事が重要なのである。

次になぜ100億円かと言うと、年金基金や大手のファンドオブファンズ等の大手、プライベートバンク等の機関投資家が投資先としてヘッジファンドをスクリーニングする際の最低限のハードルが100Million US$と言ったラインにある事が多いからである。自己資金や知己の資金の運用だけでは規模感的にも限界があるし、顧客が一部に集中しがちでこの一部顧客から解約を受ければあっという間に経営基盤が崩れてしまう訳で経営的にも安定しない。よりEstablishedされた機関投資家の顧客から広く資金を受託出来る事が出来るようになって初めて運用会社としての経営が安定し、まともな経営計画なりまとまった運用のゲームプランなりが組めるようになる訳である。売上についても、100億円の運用額であればマネジメントフィーだけで年間1.5億円と言う事になり、小規模組織であれば人を雇っても問題ない規模になる。

しかし、幸運と実力が功を奏して1年目で良好なリターンを出し、上記のような賞等にもノミネートされ、分散された優良な顧客ベースを確立出来る、と言った理想的なケースは必ずしも多くはないのである。そう運用が上手い訳ではないのに自信過剰バイアスで勘違いして起業してしまう同業者も居るし、上手いファンドマネジャーでも単年では自身の得意な相場つきに出会う事が出来ずに運・不運の関係で月並みなリターンや損失で終わる事もある。しかも起業の諸々、経営者としての人繰り・マーケティングその他諸事も同時にやりながら「片手間で」相場をやらないといけないと言うのがまた中々難しい面もあるのである。


○そんな訳で厳しい現実。あるいはそれに対する対策。

そんな訳で、結果として、起業したは良いが受託資金が数億円~数十億円前半位で足踏みしてしまい、経営が軌道に中々乗らない状態が続く、あるいはファンド閉鎖に追いやられると言うケース、言ってみればそう言った状況で中年を迎える”あの人は今”のケースが後を絶たない訳である。

ファンド閉鎖になっても景気が良かった頃であれば会社員復帰も出来なくはなかったが、昨今ではこれも難しくなっているように思う。「独立」するのは簡単だが、「軌道に乗せて続ける」と言うのは中々楽ではないのである。

そんな訳で軽はずみに独立を考えているかたには、「重要な意思決定になるので、よく考えてからにするのが良いと思う」と伝えたいように思う。それでもやると言うのであればそれは人生の選択だし、どうしてもやりたいのであればやらなくて悔いが残るよりは各自の自己責任のもとでやった方が人生トータルで考えれば清々しくて良いと思う。しかしゲームのルールが分からないまま突撃するのは見るに耐えない面もある。そんな訳で、「ヘッジファンド起業のゲームルール」を把握した上で、以下の点について重々各自で確認する事を筆者からは勧めたい。

-起業の動機は健全か。会社勤めが嫌だから、と言った理由だけでは長続きしないケースが周囲を見ていると少なくないように思う。

-バッファとなる自己資金の余裕がどの程度あるか(可能であれば独立前の時点で引退出来る程度の資金があるのが理想、最低でも2-3年は売上が無くても耐えられる程度は必須)。

-運用だけでなくマーケティング、人繰り、雑用(会社員時代に秘書やセルサイドに雑用や取材アポ等頼みきりだったかたはこの辺全部、人を雇える規模になるまで自身でやる事になるので注意が必要。結構煩雑だし時間も食う)他経営者業一般をやれるキャパシティが自身にあるか。あるいは経営者業をやりたい希望、経営者としても成長する覚悟が自身にあるか。

-特に初期の軌道にのるまでの間に経営者業の片手間で運用が出来る自信はあるか。

-自身の運用手法は運用額幾ら位までならマーケットインパクトやパフォーマンス劣化を気にせずに回せそうか。経営が安定する位の受託資産に拡大出来るような一定のスケーラビリティがあるか。

-自身の運用手法のエッジは独立後も維持出来そうか。会社組織の各種インフラや人材の充実、セルサイドへの支払いコミッション等が多い事や各種情報フローがある事等による情報入手等の有利さ、安定した資金力、各種経営者業や雑多な事務に煩わされずに運用に集中出来た環境等のお陰で上手く行っていた事を本人が自覚出来ておらず、独立してから痛感するケースが少なからず見られるように思う。

-好況・不況・ぼちぼちと言ったマーケットのサイクル1周のどの局面でも機能する運用戦略か。ファンドの建てつけや掲げる運用哲学が将来の展望等も踏まえた上で機能するものになっているか。たまたまマーケットが直近で自分向きの相場だったと言う事が無いかどうか。この意味では会社員時代に景気サイクル一周位は最低限トラックレコードがあった方が良いだろう。

-妥当な事業プランがあるか。顧客からのニーズがありそうな運用戦略か。顧客の設定・解約のタイムホライゾンと運用側のデュレーションが一致しているか(アクティビスト等の長期投資なら長期ロックアップをつけないといけないが、その分顧客探しも難しくなる。短期トレードならロックアップは不要だが顧客の資金の出し入れが頻繁になる。またロックアップを付けるとロックアップ期間終了時にバサっと解約が殺到するリスクがある等、テクニカルな話が幾らかある)。人繰りや経費面等で無理が無いか。当面の運用資産、従業員構成等の目標が明確か。上記諸々と照らし合わせて無理・矛盾が無いか。

-その他諸々、現実的なゲームプランがきちんとあるかどうか。

…等等、現実的に「事業・ビジネス」として考えた上で検討して頂ければと思う。こんなの当たり前じゃないかと思われるかも知れないが、実際の所こう言った基本的な所を考えないまま独立してしまい上手く行かなかった事例等も見てきた事もある。また、規模の小さいヘッジファンドに転職を考えられているかたは、面接の際にこの辺りの所が適切かどうかを確認される事を勧める。

周囲で、立派な学歴・キャリアで優秀で、会社員で続けていれば立派なキャリアで悪くない地位・暮らしも出来ていたであろうに、独立して上手く行かずハッピーリタイヤ出来る程の資金もなくその後再起もままならないまま消息不明になったり、浪人のような不安定な立場で長期間燻っていると言った”あの人は今”の中年を迎えている人も実際に居たりする。ヘッジファンドでの独立を志望する人には会社員から解放されるとか最初に書いたような夢のようなアップサイドの部分だけしか見えていないかたも時折見られるようにも思うので、この点は書いておきたいと思う。


○成功した場合でも別のトラップに嵌る場合もある。

そのほか、運用会社は上手く軌道に乗せられても、中々権限委譲や組織の確立等ができずに、先に紹介した「ハッピーリタイヤモード」に持って行けない、そのタイミングが無いまま忙しなく過ごしてしまうと言った事例も散見される。成功しても別のトラップにはまってしまうケースもあると言う事である。

これは運用者・経営者がプレーヤーのままでありマネジメントとしての適性を涵養しきれて居ない場合、自分がカリスマ・スーパースターで目立ちたいと言うエゴが中々抜けきらない場合等に散見される。勿論、運用ビジネスが好きで自身もプレーヤーとしてやり続けるのが好きで日々仕事しているのであれば良いと思うが、そうでない場合(引退したいのだが辞められない場合)も見受けられるようにも思う。この点も中々難しい所のようである。

この辺については、ゴールが前回紹介した1のような状態に明確にセットされている人は、結構計画的にこの辺りの「プレーヤーからマネジメントへの変化」「自分がスターでありたいと言うエゴとの内面的な折り合い・成熟、物理的な部下への権限委譲」等への道筋を付けているようにも見受けられる。


あるいは独立して、最低限の組織を作ったら後は社内体制整備が云々等と考えずに攻撃的な運用で数年でわーっと稼いでしまって、引退出来る位蓄財出来たらマネジメントであるとか成熟が云々等と言わないで潔く資金を顧客に返還して、ファンドを「勝ち逃げ清算」して引退すると言うパターンもある。


引き際と言うのはものを始める時よりも難しい面もあり、最初に成功すると「もっと、もっと」で戦線を拡大し、兵站が伸びきった後に”何たら危機””何とかショック”の類いの奇襲攻撃を受けて袋小路にはまってしまうようなケースも少なくないので、最初からこれを企図して成し遂げている人を見ると、凄いなあと思う。


こう言う「底で買って、天井で売る」的な神業を成功裏に成し遂げられる適性のある人と言うのは実際の所は相当に限られるので、一般の人は多分真似しない方が良いと思う。とは言え、トレード同様、独立も「入口だけでなく出口(落とし所)を考えておく」と言うのは重要な事のようにも思われる。

この辺の「経営者論」的な話は面白いし語ると色々長くなる。とは言えこう言った贅沢なイシューを抱くに至っている読者はそう多くないだろうし、筆者がこう言う段階にある訳でもないし、経験から語れる訳でもない(過去において傍からと言うか下から見上げていて気づいた点を書いているに過ぎない)。簡単に紹介するに留めて詳細は省略する。


○今回の結論。

結論としては、独立自体をゴールとするのは簡単だし案外実現も出来るものだが、それを軌道に乗せて続けるのが大変であり、軌道に乗ったら乗ったで色々なイシューはあると言う事だ。きちんと現実を見た上で、上記のような各種リスクを自身は取れるのかであるとか、人生において上記のようなイシューと取り組みたいのか否かと言う部分についてよく考えた上で決断する事が、後悔のない中年、”あの人は今”を迎える上で大切であろうと思う。

さて、こんな所で、ヘッジファンド屋さんの中年以後のキャリアと言うかありようとしての、1.一般のかたが夢描く「勝ち組最終ゴール」。2.多くの方が夢描く「独立・一国一城の主」の実際。・・・と言った所を紹介した。次回から、もう少し一般的と言うか平民向けの、ヘッジファンド勤務者特に運用やリサーチ等のフロント業務の人間の「流動的で不安定とは言え現時点で考えられる中年以後」について紹介してみたいと思う。

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