2012年3月23日金曜日

アナリストJobの変遷その6:アクティビストファンドの退潮。

今回は久しぶりに題名の件の続きである。アナリストJobの変遷と題して、筆者の個人的な経験を交えながら、主にバイサイドから見たアナリスト職の変遷について書いていた。「DCFマニアック教」の隆盛と衰退、次にアクティビストも含めた広義での中小型株ブームの流れ、アクティビスト初期の仕事内容、と言った流れで説明をして、次にアクティビストがなぜ日本では機能出来きれないまま退潮を迎えることになったのかについて書こうと言う段であった。にも関わらず筆不精で随分時間が経ってしまった。久しぶりに続きを書いてみようと思う。

アクティビストが日本で機能出来きれないまま退潮を迎えた理由は、端的に言えば「継続して安定した運用パフォーマンスを(海外は別として、少なくとも日本では)出し続ける事が難しい戦略だった、或いは時の経過と共に難しくなったから」である。パフォーマンスが出なければ顧客が離れて、戦略として機能しなくなる。ごく単純な話である。

以下に、「ではなぜアクティビストが運用パフォーマンスを継続して出しづらかったのか」について、筆者が感じた所を幾らか理由を挙げてみたいと思う。厳密な検証を経たものではない事はお断りしておくし、特定ファンドについての判断を述べている訳ではない点も付記しておく。

1.「案件」を継続・安定して発掘・ソーシングする事が難しくなった。

一番の問題はこの点だっただろう。アクティビストの戦略で安定してパフォーマンスを出し続けるには、IRの改善、増配や自己株買いと言った株主還元の増大、或いはM&A・業界再編等等と言った事が期待出来る案件を定期的に探し、10-30銘柄程度のポートフォリオを組み続ける必要がある。これが実際には結構難しい。なぜ難しいのかについては複合的な要因がある。以下に幾らか記したい。

-規模の問題。

なぜ「案件」を安定してソーシング出来なくなったのか。重要な理由の一つには規模の問題があった。

当初はアクティビストの運用額も数百億円の前半程度であり、以前解説した通りで1銘柄10-20億円程度の投資を10-15社程度していれば良かったし、投資ユニバースも中小型株中心だったので潜在的な投資対象は沢山あった。

しかし、アクティビストファンドが脚光を浴びた結果、顧客資金がアクティビストファンドに集中する事になった。この結果、アクティビストファンドのAUMは急激に増大した。例えば村上ファンドの村上代表が逮捕される直前(2006年)頃には、村上ファンドのAUMは4000億円以上あったと言われている。

4000億円となると、1銘柄40億円で100社、80億円で50社、160億円でも25社への投資が必要になる。感覚的に考えても、こんなに沢山の銘柄に対して次々に大規模な財務政策の変更、M&A等業界再編等を促し続ける事は難しいと言う事は理解出来ると思う。

しかも、これだけの多額の投資を一社に行えるとなると、投資ユニバースとなる時価総額も大きくならざるを得ない。時価総額が大きくなると、対象となる企業数は急激に減る。

これは村上ファンド等が運営されていた頃のデータではなく現在のデータになってしまい恐縮だが、例えば以下を参考にして欲しい。2012年の3月現在で、時価総額別に企業数を検索すると大雑把に以下のようになる。

日本の上場株全部:3500銘柄ちょっと。
時価総額100億円未満:1800銘柄くらい。
時価総額100億円以上:1700-1800銘柄くらい。
時価総額500億円以上:700銘柄内外。
時価総額1000億円以上:500銘柄切るくらい。
時価総額3000億円以上:200銘柄くらい。
時価総額1兆円以上:数十銘柄後半。

(出所:Bloomberg)

つまり大まかに言えば時価総額の銘柄数の分布は概ね80:20の法則に基づいていて、時価総額の過半をごく少数の銘柄が占めていて、後は小粒の中小型株が無数にある、と言う構造になっている。運用額が小さく中小型株を手掛けられたうちは資本再編等を促しうる上に割安な会社を見つける事は相対的に容易であったが、運用額が巨大になり大型株しか手掛けられないようになると選択肢が一気に減ってしまうのである。

こうして、運用額が巨大になったアクティビストファンドが安定的にリターンを上げるのが難しくなっていったと言う面があったのである。

-競合の増大。

アクティビストファンドが脚光を浴びるにつれて、年金基金等の資金がアクティビスト戦略に集中した。結果として競合が増える事になり、バランスシート面で改善余地があるような銘柄の割安感が薄れて行く事になった。市場は常にこの、「ある戦略がリターンが出ると脚光を浴びる→資金が集中する→競合激化する→超過リターンが出づらくなる→衰退する」の繰り返しで、自然に新陳代謝が起きるようになっている。こうして割安感のある銘柄が少なくなる事で、アクティビストファンドの投資先の発掘も難しくなっていったのである。

-敵対的アクティビズムの場合、取材等による調査が不可能になる等の問題。

具体的社名は避けておくが、敵対的アクティビズムで有名になったファンドにおいては、取材を申し込もうにも断れらてしまうなど、調査活動で次第に支障が出て来ていたといった話は当時筆者の耳にも入っていた。取材が出来ないとなると、勿論投資先の発掘調査はやりづらくなる。日本の文化・風土の難しさと言えるかも知れない。

-事業会社自体のIRや財務政策の改善。

アクティビストが有名になるにつれ、事業会社側も(敵対的アクティビストに狙われて面倒にならないようにと言う意味合いもあり)次第に財務政策やIR活動をきちんとしたものにしていくようになった。結果、投資候補先は次第に減少していく事になった。


2.「案件」を定期的に発現させるのが難しい。

更には、ポートフォリオを組んだ後は、実際にIR改善、増配自己株買い、業界再編等が保有ポートフォリオ内の銘柄で定期的に起こる必要がある。これがまた、(特に日本では)難しい面があった。これにも幾つか理由があると思われるので以下に簡単に記載する。

-中途半端な立ち位置の問題。

アクティビスト戦略で保有するのは、発行済み株式の数%~高くても20%内外程度である。プライベートエクイティのように経営権は握れないし、あくまで上場株のマイナー株主の中では大株主、と言った立場で、あくまでパブリックに開示されている情報の範疇から企業価値向上の提案をしなければならない。事業会社からすれば発行済みの数%の株主の発言に耳を傾ける事は大切ではあるが必ずしも従う必要はない。こう言った「中途半端さ」があった。

-買収防衛策の存在。

更には2005年には経済産業省及び法務省から「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」が公表され、事前警告型の買収防衛策を中心に2006年ごろから導入企業が急激に増えた(2005年導入企業数29社→同2006年175社→2007年409社、出所はレコフより)。

結果として、アクティビスト側に、「いざとなったら更に株式を買いまして圧力をかける」と言う交渉オプションが使いづらいものになってしまった。特に敵対的アプローチでアクティビストを行うのは難しくなっていったのである。


-投資先の規模・時価総額が拡大する事による「案件」成立までの期間長期化、或いは難易度の上昇。

これは村上ファンドやスティールパートナーズ等有名な敵対的アクティビズムファンドの変遷を見ていると分かり易い。当初は中小型株に対する増配要求と言ったシンプルなものだったものが、後期には大企業の再編、阪神タイガースの位置づけを問う等の「大掛かりな」「難易度の高い」ものになっていった。

結果として、企業価値向上活動の実現可能性が低下し、また実現にかかる期間が長期化する事となっていった。その間も毎日株価は動く訳で、安定したリターン獲得が難しくなって行った面がある。


3.「企業価値」と「株価」は常時パラレルには動かないため安定リターン獲得が難しいという面。

上記1-2は主に対投資先企業にまつわる話であったが、アクティビストの難しさは、「プライベートエクイティと異なり、非上場化せず、株価が毎日動く状況下でやらないといけない」と言う点であったように思う。つまり、以下のような問題がある。

-コーポレートガバナンス以外の株価変動要素が多数ある事。

株価は企業側の財務政策等だけで動く訳ではない。マクロ要因、需給要因等様々な要因で動く。

幾ら企業価値向上活動を推進しても、市場全体の株価が下がれば当該企業の株価も下がる。ロングオンリーでありながら絶対リターンを目指すオルタナティブ運用のカテゴリとして運用を続けるのは、そもそも限界があったようにも思う(この点については例えば中小型株インデックス対比でアウトパフォームを目指すなど、ベンチマーク対比での運用に切り替えた所もあるように聞く)。

-「株価対応」出来る布陣では必ずしもなかったケースが見られる事。

アクティビストファンドの中核メンバーがインベストメントバンカーやコンサル出身者など、いわゆる「ディールやコンサルのプロ」であり、「相場の株価との付き合いのプロ」では無かったと言う問題もあったように思う。

市場環境に応じたTacticalなポートフォリオ管理をしながらリターンを出すと言う事が上場株の運用であればどうしても必要になるように思うが、この点やや困難があった面はあろうかと思う。

-「株価対応」をきめ細かく行う場合にもアクティビストファンド特有のイシューが出て来うる事。

一方で、上記の問題に対処するためヘッジすると言うのも選択肢である。しかし今度は手間の割に派手なパフォーマンスが出しづらくなると言う問題点も出てくるし、ロング側が少数銘柄のかなり個性の強いポートフォリオになるが故にきれいにヘッジする事の難しさが出てくるなど、別種の問題が出てくるのである。

そんなこんなで、戦略としての難しさ、日本における難しさと言うのがあり、また村上ファンドの村上代表の逮捕等も加わった事もあり、アクティビストの戦略は、特に敵対的なものについては退潮を余儀なくされる事となったのであった。一方で、別のエントリーでの質問にも回答したが、きちんとした哲学を持ち、日本の状況に合わせた形でもって、現在でも活躍しているアクティビスト系ファンドも存在する事は付記しておきたいと思う。

2012年3月20日火曜日

○ロハス金融道的「ぷー」のあり方入門:職場を解雇されてぷーになった。その時どうする?


久しぶりのブログだが、題名の件について。

以前はリストラ時のパッケージ額は大きく、転職の案件も多く、無職期間も短い事が通例だったものの昨今だとパッケージは切なくも小さく、案件も少なく、転職活動も長期化しがちである。リストラ等も多くなった昨今、たくましく無職期間を過ごす重要性は以前より増しているかも知れない、もしかしたら昨今ニーズのある話題なのかも知れないと言う事で、今回は「ぷーになった、その時どうする!?」について徒然に書こうと思う。


○筆者の場合

筆者の場合はリーマンショックも過ぎてしばらく経ったある日に、離婚と解雇が一度にやって来た。

20代は寝る間も惜しんでがむしゃらに仕事やスキルアップやに費やして到達した30代だったが、30代入って早々に自身のキャリアにも私生活にも暗雲が垂れ込め、そして公私共にまあすってんてんとなった案配だ(^^;)。

しかし氣分は存外爽やかで清々しく、空が澄み渡り青く感じたのを覚えている。学生時代に付き合っていた彼女がご執心だった坂口安吾の「堕落論」の「焼け野原の妙な清々しい」感覚とはこう言う感じなのかなと思ったものだ。

今思えば公私ともに疲れて居たのだろうと思う。仕事を探さなくてはいけなかったし悠々自適に過ごせるような蓄えが在る訳でも無かった上、転職先の案件が大して沢山ある訳でもなかったが、不思議と解放感があった。

大人の人生の夏休み。私生活も真っ白、キャリアも真っ白。人生のキャンバスにこれから何を描こうか。そんな桜の花咲く春のひと時であった。

・・・とは言えそうも悠長に言ってばかりも居られないと言う氣分の方も居るであろうから、おじさんの自分語りはこの辺にして本題に入ろう。


○解雇先との交渉。

さて、余りに現実的過ぎて申し訳ないが、まずやるべきはこちらである。
こちらについては以前にエントリーを書いているので以下を参照して欲しい。

ファイヤー!の際にどうする:解雇の危機管理法。

参照するのが面倒な場合のために、ポイントは以下。

・解雇と言う事実は受け入れる:

解雇と言う事実を覆す事は殆ど無理だし覆した所で幸せなキャリアはその会社では待ってなど居ない。ここでは争わないのが無難。

ごく時折外資系金融業界でも不当解雇の訴訟があったり、昨今GSで解雇者による労組結成等と言った話があるが、筆者的には薦めない。本当に先方の対応が人間の基本的な尊厳やら人権やらを蹂躙していると思える程に腹立たしいものでキャリアを捨ててもいいから人間としての尊厳のために戦う程の事だとか、あるいは市民派弁護士にでも転向する積もりならともかく、この仕事を続ける前提ならよした方がいい。現在完了形になってしまったリストラ通告はサンクコストとして、今とこれからを良くする事を考えるのが前向きだし得策だろう。

・一方で日本の法律は労働者の権利が手厚い。泣き寝入りする必要もない:

解雇要件を満たしているかの点で争われると企業側も面倒と言った面もあるので、この点はきちっと交渉していい。昨今の状況で一昔前のように年単位のパッケージを貰うのは中々難しいかも知れないが、2-3ヶ月分と言うのは企業側からすれば「これで手打ちできれば幸運、出来なくてもこれをスタートポイントに交渉すれば良い」位のラインで、実際の所はリストラの際に何割か位はパッケージ延長交渉をして来る前提でリストラコストも見積もりが為されているとも聞く。また賃貸している家を社宅扱いで入れている場合等も、普通は交渉すれば賃貸物件の名義を個人に変更するなりしばらくの間は会社の籍だけ保って入居可能にして貰う位の交渉は、余程コトがこじれた場合を除いては可能なものだ。会社都合にするか自己都合にするか籍だけは維持しておくかで失業給付開始時期やレジュメの体裁等も変わって来る訳だがこの点もある程度は交渉可能な場合も少なくないと思う。

この段階でなんとか粘って、転職活動や人生のリセットを焦らず行えるような期間を確保して欲しい。


○ヘッドハンターへの連絡。

次はこちらである。昨今転職活動期間も長期化している。連絡したからって直ぐに案件が動き出す訳でも無いので、早めに連絡する事をお勧めする。ちょっと旅行にでも行こうか云々とか、心の整理を云々とか、ずっとやれてなかったファイナルファンタジーでもやろうか等と言うのはヘッドハンターに連絡してからでも十分なので、まずはこちらを遂行する事を筆者的には薦めたい。

連絡の際は、外資/日系、外人ヘッドハンター/同日本人、成功報酬ありきの所(ばんばん案件は紹介してくれるが的外れの事も多い)/リテイナーフィー・コンサルフィーも取る所(案件の動きは遅いが狙いを定めたマッチングをする)、東京/香港/シンガポール/ニューヨーク/ロンドンに広汎に分散して多数に事の次第を説明して英文/日本語のレジュメを投げるべきである。10社は簡単に越えていいだろう。上記属性毎に強みとする案件等も結構違うので、社数だけでなく属性も分散した方がいいだろう。

ヘッドハンターが興味を持ってくれれば追って先ずはヘッドハンターとのミーティングやテレカン等のアレンジをしてくれるので、これを行う。ミーティングの際は過去のキャリア実績、今後のキャリアの志望、いつ頃位に採用を決めたいか等をこちらからは説明する。ヘッドハンターからは昨今の労働市場の状況、採用フロー等をヒアリングする。筆者の場合は大体聞かれる事は一緒だったので数件目位からは個人情報等の面で差し支え無い範囲でFAQを作成して投げる事にした。それでも相互に雰囲気や人柄、どんなカルチャーにフィットしそうか、信頼に足る相手なのか等は会わないと分からないのでミーティングで会うと言うプロセスは入れてはいた。

こういう活動を定期的に行う事で、無職状態ではあっても社会との最低限の「繋がり感」は維持出来るし、ぷっつんと凧の糸が切れたように引きこもりになったり人生おかしくなったりしないで済む。仕事だと思ってやる事である。

以後、以下に記載する様々な活動をしている最中にも、ヘッドハンターとの打ち合わせや面接を定期的に、ペースメーカーとして入れておくと良いと思う。いたずらに焦りだけ募ると言った事態を防ぐ事が出来るだろう。


○後は気長に構える。

さて、上記の作業が一段落したら、あとは気長に構える事である。採用フローは外資のボーナスシーズン1-2月を終えた位から立ち上がって春過ぎ位で一段落、夏は余り案件が無くて、秋口から翌年の予算・採用スロットを意識した活動が始まる、位の話なので繁閑もある。ここは気長に構えるのが良いだろう。焦りは足もとをみられるもとであるし、何事も焦り過ぎは良くない。

また、足もとみられる云々以上に重要なのは、解雇と言うのは「人生上重要なイヴェント」であり、神様が「ちょっと休んで一回棚卸しをして、どの方向に進むのかじっくり考えてみなさい」と教えてくれていると言う事である。

つまり過去の棚卸しや、普段やりたかったがやれて居なかった活動をしたり、視野を広げたりするチャンスでもあると言う事だ。人生トータルで考えると、バタバタと過去の延長で仕事を決めに入り過ぎると勿体ない面もあるように思う。

筆者も、当初は焦って手許の案件で決めそうになってしまったが、その頃に起業した知人の手伝いをしていた時に、「勿論今仕事を決めても新しい職場できっと活躍出来ると思うしそれもいいと思う。でも中々社会人になってからゆっくり人生考えられるときなんて無いんだから、しばらくゆっくり考えてみるのも良いんじゃないかな。手伝ってくれてるしご飯位おごるよ〜」と知人にアドバイスを貰ったりして、大変有り難かった。今となると、焦って目の前にある案件に飛びつかず、ゆっくり人生考えて正解でもあった。


○お勧めの活動例

そんな訳で、筆者的には以下のような活動をお勧めしたい。

・旅行。リフレッシュ出来るし、人生の節目でする旅行は仕事の間のバケーションに忙しなくやる旅行とはひと味違った感慨がある。昨今スマートフォンなどあれば国内外に旅行してもヘッドハンターとの最低限の連絡は保てる。筆者の知人では世界旅行をした人も居るし、筆者の場合は電車等が余り充実して居なくて何となく行けていなかったパワースポットである熊野詣で、紀伊半島奥地の温泉巡りなどに行った。


・個人の名刺の作成。会社を離れた「個人」としての自分を体感する事が出来るだろう。会社の名刺ほど一瞥しただけでは信用してはくれないし、個人の勝負になる。会社の信用の有り難さも身にしみるだろうし、一方で会社の名刺から離れる自由さも体感出来るだろう。どちらにせよ良い経験になる。

・個人の売り込み用のプレゼンテンプレート・売り込み資料の作成、レジュメのブラッシュアップ他。ヘッドハンターと会ったり面接をすると言う活動をペースメーカーにしながら、「ぷーの仕事」と思ってこれらをやると中々捗る。仕事面の棚卸しにもなる。会社のパワポのテンプレートでなく、自分のデザインしたテンプレートなど作ると、会社員ではなくビジネスパーソンとしての自立心と言うか自立しなきゃいけないんですね的な自覚も促されて良いかなと思う。

・過去のノートや仕事、書籍等の整理、電子化、DB化等。過去の棚卸し、断捨離をすると共に、戦線復帰した際にパワーアップして復帰するためでもある。


・ボランティア活動、起業した知人の手伝い等。こう言った活動も、普段では得られないような視野の広がりや、多様な人との出会いをもたらしてくれる。色々な人生の選択肢がある事を体感する事も出来て、進路選択の参考にもなる。いざとなったら履歴書にも書ける。外人なんかはこう言う活動も平気でアピールポイントにして来る。参考にしても良いだろう。

・過去の名刺の整理。これも棚卸しであると共に、多忙にかまけて疎遠にしていた人に連絡をしてみると言った目的も含まれている。ここから採用に繋がる事もあるし、「いやーくびになっちゃってぷーなんですよー」と言って連絡したら案外興味を持ってくれて会ってくれたり人を紹介してくれたりする事もある。採用に繋がらなくても普段会えないような偉い人とも案外会えて知り合いになれたりもする。しかも仕事抜きのカジュアルな形で会えて、素直に「いやーぷーで人生白紙ですわーどうしよう」と相談すれば色々アドバイスをくれたりする事すらある。仕事ではこれは中々無い機会だろう。幸運を引き寄せるための接点を増やすのに有効と思う。

・やりたかったゲーム、観たかった映画、読みたかった本などを存分に味わう。平日の昼間っからビールなど飲みながらこれをやるのは、いやあ快感であります。また、人生の節目なので感受性豊かにこれらに触れる事が出来ると言うか、色々感じたり考えたりする事も出来る。これが今後の進路を考える上でフレキシビリティと豊かさを与えてくれるように思う。

・占い。普段信じない人も、タロットなり星占いなりを、ある程度きちんとした実績のあるかたに観て貰うと結構面白い。詐欺や胡散臭い人に捕まらないよう、身元の信頼出来る友人知人等にまっとうな実績があり金銭支払等も常識的な範疇で済む占い師を紹介して貰う事をお勧めする。また、ぷーのタイミングだとこう言う占い師等を紹介してくれる人が出て来るから面白い。特段全部信じる必要はない。人生アドバイスの一つ、的な位置づけとして活用すれば(人生の節目なだけに)結構参考になる。

・引越し、平素と違う場所での長期滞在。筆者の場合、ぷーの湘南暮らしと言うのは大変に有意義だった。朝に海辺をジョギングして見知らぬ人と笑顔で挨拶があると言った経験は都内では全く無かった事だし、ピリピリせかせかした都心の時間の流れと比べてゆったりとした時間の流れと大らかな人の気質に接した事で、人生の価値観を結構揺り動かすものがあった。勿論休息・充電としても大変に有意義だった。

・ホームパーティ等への参加。無職だと気後れしがちだが、むしろ無職の時程堂々と参加した方が良い。人と接点を持つ事で人生がドライヴして行くものだし、仕事も見つかるものだ。「いやーリストラされちゃってぷーなんですよー」と言った自己紹介をすると覚えて貰い易いし、普段知り合えない層の人とも知り合いになれて面白いし人生も広がる。


・やりたいけれども手つかずだった趣味。これも多様な人と出会う接点を増やしてくれる。筆者も食養法講座、健康料理講座、大型二輪免許取得などに平日の昼間に出てみたりしたものだ。この「平日の昼間に出会う人」と言うのが、普段会社員をしていては出会えない/何をしているのか想像も付かない感じの人であったりして面白いし、人生の視野も広がったりする。


・・・等等。


○まとめ:開き直って「ぷー」と言う地位を活用すると結構面白い。

・・・上記はほんの一例で、他にも色々あるかも知れない。
総じて言えるのは、開き直って「無職」と言う地位を上手く活用する、と言う事と思う。

例えば投資銀行だかヘッジファンドでバンカーだかトレーダーだかです等と言う立場だと湘南や地方に滞在しても中々地域の人と距離感が埋まらない(多くの人にとっては外資系金融マンだのヘッジファンドなんて高学歴でキリキリ働く人間の情に欠けたエリートのカネカネマシーンみたいな印象であり、得てして接したいような類いの人間では無いと言う事を理解する事になったりする)。ところが一転「金融マンだったんですけど、リストラされちゃってぷーで人生の終了未定の夏休みで途方に暮れちゃってるんですけど取り敢えずこちらに滞在してるんです。いやー良い場所で癒されます」等と言うと、人間味と親近感が一気に増大するように思う。

普段だと忙しくて、またきっかけも無くて疎遠にしていた人と会う事は後回しにされがちかも知れない。しかし「ちょっと聞いてよ、いやーぷーになっちゃって。人生相談に乗って欲しいです」とメールを投げたりすると(普段会うのが憚られるような地位の人等も含めて)案外相談に乗ってくれたりする。こう言うのが実は人生の裏口入学とでも言おうか、面白いのだ。

こう言った活動をして、自身の過去の棚卸しをし、今後の方針を色々な人や経験をしながら感じて考えて行きつつ、定期的にヘッドハンターとの接点をペースメーカーのように維持して面接等もぽつぽつ受けながら「ぷー暮らし」をしていれば、丁度人生の棚卸しと今後の過ごしたい人生が見えて来た辺りで「次」が見えて来るように思う。

まあ勿論保証は出来ないしこれらを信じる信じないも全て「自己責任」であるし筆者は上記を実行した事によるいかなる結果も一切責任を負わない(金融マンお得意のディスクレーマーですハイ)。中々職が無いなかで預金残高がみるみる減って行くと焦りが出る・恐怖感が出るのも筆者自身経験しているので良く分かる。そんな時に独り過ごす夜は中々に辛いと言うか厳しくはある。

また、念のためにずっと採用が無かった場合の最終手段(実家に帰るとか、一時的に食いつなぐための手段の確保とか)も頭の片隅には置いておくと言ったバランス感覚があるのも、勿論大切ではある。たまに衝動的に会社を辞めたり突如リストラされた人がぷっつん行ってしまうと言うか、自分探しをやった挙げ句自我の迷路にでもハマってしまうのか「糸の切れた凧のように”ぷっつん”行って壊れてしまう」と言った事態も散見される。こう言った事態を防ぐ上では最悪シナリオの考慮と現実的な対応策を考えておく事を軽視し過ぎるのはお勧めしない。

しかし、いたずらに焦りが募った所で採用が自分の都合である訳でもない。また「解雇/リストラ」と後ろ向きに考えて悪い事態ばかり考えて煮詰まってしまっているより、ある程度の開き直りと共に「ぷー」と言う時間を前向きに過ごして、ある意味「キャリアの一部」「人生の大変に有意義なひと時」にしてしまう位の方が、採用する側からしても前向きな雰囲気で好感が持てると言った確率も上がるであろうと言った面もある。実際、後から振り返ってみるといったん立ち止まって人生の棚卸しをした無職のひと時と言うのは、大変に有意義で貴重な時間でもある。

以上、至極個人的な経験を基にした個人的な内容ではあるが、「ロハス金融道的なぷー/無職期間の過ごし方」としては、上記のような過ごし方をお勧めしたい。