2017年7月24日月曜日

○村上春樹の長編小説「騎士団長殺し」を第2部まで読み終えた徒然なる感想文。

村上春樹の「騎士団長殺し」を1-2部通じて読み終えたので、今日はその感想を徒然に書いてみた。

例によって物凄く長い超長文であり、 要約すれば「村上春樹ファンやアラフォー中年等なら普通に楽しめると思う」「一方で、村上春樹作品に付きものの踏み込み不足感もやっぱりある」「第3部が出てくる可能性は応分にあるが、出て来ない可能性もある」と言ったたったそれだけの感想をスーパー長文で述べているだけである。以下はご興味のあるかたのみ適度にご笑読頂ければ幸いである。


○村上春樹ファンやアラフォー中年等なら普通に楽しめると思う。

普通に中々面白かった。ミステリー的な、或いはRPGのような展開は飽きさせないし自然で、介護施設(死の場所)から地下のメタファーの異界を進み苦難の末に家の裏側の穴(誕生の場所・子宮のメタファー)に落ちる流れ(これは赤ちゃんが誕生する過程のメタファーであり、ユングで言う所の死と再生のメタファーと思われる)等も非常に流麗な描写であり、村上春樹の作家としてのスキルの高さを感じさせた。日常描写も文章だけから五感が瑞々しく表現されており、やはりプロの作家と言うのは凄いものがあるなと感心せずにはおれないものがあった。

作中の免色さんは村上春樹が好みまた翻訳も手掛けたグレートギャッツビーの明らかなオマージュであるし、作品の設定については意図してなのか手抜きなのかは別として村上春樹の過去の作品への自己引用・繰り返しも見られるように思われる。語尾の「たぶん」なども含めた村上春樹節は全編に炸裂している。これをもって退屈だ、過去作品の焼き直しだと言った評もあるとは思うが、村上春樹が好きだと言う読者であれば楽しんで読める作品のひとつなのではなかろうかと思う。

或いはアラフォーの自身としては、アラフォーを迎えた主人公の成長物語として読む事も出来た。生活のためだけに凡庸な肖像画ばかり描いているうちに擦り切れてゆき、中年を迎えて知らぬ間に妻との距離も離れてしまった男が、遂にそれを維持し切れなくなり中年の危機入りする。それを非日常的な特殊な体験・冒険を通じてゆくうちに成長し、中年の危機を乗り越えんとすると言う物語である。

仕事面・画家としての中年の危機については、生活のためだけの凡庸な肖像画を描く事をいったんやめて、物語を通じて肖像画家としての経験を下敷きにして踏まえながらも若い頃志向していた抽象画的な面と融合して自分なりの画風を確立しつつある所にまで到達する事で、主人公が一定の成長をする物語である。物語のスタートでは顔なし男の肖像画を描きようがなかったのが、2部のクライマックスでは紙とペンさえあれば顔がなくても肖像画を書けそうな段階にまで到達しているように見られる点など象徴的である。それはつまり、主人公が顔の造形と言う表面を越えた所にある対象物の本質に接近できるように画家として成長しつつある事の象徴のようにも思われた。

結婚生活の危機については、妻と距離を置き、傷心旅行等に出たりもし、大変に村上春樹の作品的な形で妻以外の女性と幕間的な不倫関係を短期にこなして心の傷を癒しながらもそこの関係には依存し過ぎずに一時的なものとして終了させ、妻との関係性を見直して関係を復帰させ、最後には子供と言う宝を持ち帰る、と言った成長物語であると読めた。アラフォー中年には中々に臨場感のある内容であった。


○一方で、村上春樹作品に付きものの踏み込み不足感もやっぱりある。

一方で、不完全燃焼に終わった面も感じられた。村上春樹作品特有のある種の踏み込み不足とでも言おうか。

例えば、2部の終わりの時点での主人公の画家としての成長度合いは、中途半端なものであるようにも見受けられた。

真の成長物語であるなら、日常に復帰した後にまた生活のためだけに凡庸な肖像画を描いていてはダメである。せっかく確立しかけた自分なりの画風を実際に世に問い、それを社会に認めさせ、自分の個性・画風で飯を食える所まで持って行ってこその中年クライシスの真の卒業、幹のしっかりとした中年期以降の豊かな再成長軌道を確立する事になる。

しかし、第2部終盤のエンディングではそれは後回しにされており、主人公はまたもとの「飯を食うための凡庸な肖像画を量産する生活」に戻ってしまっている。大部2冊、1000ページ分の大冒険を、死と再生のメタファーなどまでクライマックスでは展開しておきながらこの按配である。

これでは何と言うか成長度合いとしては余りにささやか過ぎるようにも思われる。1000ページ分の大冒険をしておいて、読者にも長時間大部の読書をさせておいて、たったそれだけですか?と思わずツッコミを入れたくなるような中途半端感がある。

また、主人公の心に潜む狂暴性やうしろ暗い部分、主人公の心の闇の部分の象徴であると思われる「白いスバル・フォレスターの男」と正面から取り組み、それを絵画として白日の下に引きずり出し、作品として完成させる、と言う過程を2部の終わり時点で主人公は行っていない。

つまり自身の心の闇と向き合い克服し成長する、と言うプロセスについても中途半端なままで終わってしまっているように見受けられるのである。

白いスバル・フォレスターの男=自分自身の心の闇を、結局は未完成のまま屋根裏部屋の見えない所に押し込んで、火事で焼けてしまってああやれやれ、と言った具合で終わってしまっているようにも見える。2部の終わり時点で、家が火事で焼け落ちてしまった事に対して、表面的には偽善者的に残念そうな素振りをしつつも、白いスバル・フォレスターの男 =自身の心の闇と格闘しないで済み、屋根裏部屋に臭いものにふたをふるように押し込んでいるうちに、いい具合に火事で焼けてうやむやになってくれて、主人公は内心安堵しているようにも見えるのである。

更に言えば秋川まりえの肖像も、未完成で踏み込まずに留める事でひと時のかりそめの平和・安寧を得ているようにも見受けられる。

秋川まりえの肖像に、自然と子供の頃に失われた妹のコミの事や、別れを突きつけてきた妻のユズの事も主人公が投影している旨は作中で何度か示唆されている。つまりこの絵を完成させた暁には、主人公が妹のコミへの憧憬を妻や13歳のまりえとごっちゃにして投影している事、そうした主人公の近親相姦・シスコン的或いはロリコン的な心の問題(おっぱいのサイズに対する好み他の描写の端々で妹のコミを嫁のユズに投影している事を示唆しており、しかも嫁を夢の中でレイプしている訳だから、よく考えると主人公は間接的に妹のコミを潜在的にレイプしていると言った論法が成立してしまい、主人公って結構な変態ではなかろうかと読みながら感じたものだ)、あるいはそこまで言わなくとも妹のコミの喪失から本質的には36歳になっても主人公が立ち直れていない事、女性に妹のコミを投影してしまっており対象女性そのものとの関係が築けずに居る事が明らかになったはずなのである。

主人公が「子供時代の妹の喪失と言うトラウマから立ち直れていない、子供時代の妹を嫁のユズに投影している面があり、ユズ自身ときちんと向き合い関係性を構築できていない」 と言う問題を抱えている事が、まりえの肖像を完成させる事で明らかになったはずであったのだ。

ユズが結婚生活にNoを突きつけた背景にもなっていたはずの主人公のこうした心の問題を、まりえの肖像を完成させる過程で主人公自身が認識し、癒して行き、妻のユズ自身ときちんと向き合う、と言った過程があってこその真の成長、結婚生活の危機の真の乗りこえが物語の中でなされたはずであったのに、白いスバルフォレスターの男同様に、最後までは踏み込まずに未完成なままで終わらせてしまっておしまいと言う中途半端な形で終えてしまっている。

結婚生活の問題も、ユズがイケメン好きでイケメンを前にすると理性が狂ってしまう、位のちょっと火遊び位のノリで軽く処理され棚上げされたまま、主人公の心の問題は結局最後まで正面から取り組まれる事はなく、曖昧に嫁さんとはヨリを戻し、子供も出来たし子育てもあるし、と中途半端な形で終わりになっているようにも見える。これも、1000ページも読者に文章読ませておいて進捗・成長はたったこれだけですか?とツッコミを入れたくなるような不完全燃焼感をこの作品に与えているように思われるのである。

つまり、2部の終わり方では、仕事にせよ男女関係面にせよ全般的に、主人公の成長物語としては中途半端なのである。主人公は1000ページ分も散々冒険し、また読者に1000ページ分も読書に時間と労力を割かせた挙句、主人公の心の闇・子供の頃から抱えた本質的な内面の問題も解決せず棚上げで、キャリア上の行き詰まりも本質的には解決しきらず進化の「きざし・萌芽」程度で、中年クライシスの解決も根本的には図らず、何となく嫁とヨリを戻して子宝に恵まれ子育てに励む事でかりそめの平和・日常を取り戻して良かったね、と言う、言ってみれば矮小的なかりそめの平和に回帰する程度の所に留まってしまっているのである。この、「えー、1000ページも読ませてこれで終わりですか?」と言う感覚というのは、恐らく本作品への主要な批判ポイントの一つとして読者から複数類似の感想が出て来ておかしくないように思われた。

このままでは、子供が大きくなり子育ても一服した辺りでまたぞろ夫婦関係にせよ仕事にせよ問題が噴出して、アラ45かアラフィフ辺りで中年・壮年の危機が再度形を変えてやって来る事は容易に想像されてしまう。大著2部の長編、1000ページ分も主人公は冒険をし、また読者にも冒険に付き合わせ、2部のクライマックスでは死と再生のメタファーを経験したが、2部の終わり時点の主人公はまだ成熟した大人とは言えず、「再生・再誕生したばかりの大きな赤ちゃん、再成長への萌芽」位のものでしかない。

主人公が本当の意味で自分自身と向き合い成長・成熟しきるには第3部のさらなる試練、あと500ページ位のもうひと冒険を必要としているように思われる。


○第3部が出てくる可能性は応分にあるが、出て来ない可能性もある。

上記のような中途半端感、不完全燃焼感を村上春樹が意図して第3部への伏線として準備しているのであれば、そして第3部で主人公の真の成長・成熟の骨太の物語を描ききれるのであれば、それは巧みな伏線・背景作りであると言えるであろう。また、2部終了時点では傑作とは言えなくとも、3部までの完成を以って村上春樹のアラ70歳のキャリア集大成的な作品に昇華される可能性は(まだ第3部が出るとも出ないとも判明していない)今のところは秘めているように思われる。

しかし第3部はリリースされない可能性もあるし、3部目がリリースされて更に500ページ位の大冒険をもう一回やっても、結局の所主人公が自らの心の闇とがっぷり四つに取り組み、試練の末に真の成長・成熟を勝ち得ると言った大団円は迎えないかも知れない。また、いわゆる村上春樹ファン、ハルキスト達がそれを求めているのかと言うと微妙かも知れないなとも思う。

村上春樹の持ち味は、あくまで「フワッとした曖昧さ」「現実とがっぷり四つに取り組む感覚の希薄さ」にもあるように思われるのである。つまりは現代的・現実的な時事問題、各自の人生の問題、金銭・経済問題、心の闇、と言った難しくも現実的で切実な問題とがっぷり四つに取り組む事は避けながら、フワフワっと古典的なジャズやクラシックや70-80年代のレコードを聴き、フワフワっと何故かカネには困らず、フワフワっと美人とセックスして、フワフワっと閉じた世界で知性教養があるような気分に浸れる、みたいな所に村上春樹作品の魅力はあるのかも知れないな、等ともふと思うのである。自分にしても、特に学生などの頃は、村上春樹作品のそうした側面をカッコいい、面白いと思っていた節があるし、今でもその残滓のようなものは自分の心の中に幾らかはあるようにも思う。そうであるから、久々に長編が出れば興味深く読みもする。

或いはある種の現実逃避的な懐古主義とでも言う彼の作風が、村上春樹ファンにとっては魅力なのかも知れない。

2017年の現代にあって、SNSやインターネット等の現代的なコミュニケーションやそこから生じる現代的な男女の機微などは、村上春樹作品では一切描写される事がない。

現実の現代の男女は、既読の付くタイミングだとか既読スルー、レスを返すタイミングと分量での駆け引き、と言ったSNSのこまごまとした事で一喜一憂しているし、それが男女関係・人間関係の機微において重要な要素になって来てもいる。

それなのに一方で、村上春樹の小説の世界ではいまだに、20世紀の小説の定番表現である固定電話中心の懐古趣味的なコミュニケーションがポイントとなって物語は展開される。

今の若い人に、固定電話の鳴り響くベルに緊迫した雰囲気を感じただの云々と言った描写が果たして理解可能なのだろうか。ちょっと微妙なのではないかと思う。既にいいおっさんのアラフォーの自分にしても、そもそも大人になって以降一度も固定電話など自宅に引いていないし、特にメッセンジャーやSNSが普及して以降はスマホで音声通話など殆どしない。若い世代になればなるほどそうした傾向が一般的なのではないだろうか。

そうした事情もあるので、村上春樹の作品を読んでいると、1980年代、ノルウェイの森が流行った頃位にタイムスリップしたような気分、地方の寂れた温泉街のゲームセンターで、子供の頃に流行った古いアーケードゲーム(インベーダーゲームとか、VRで現実と見まがう程リアルな最近のではなく今よりもずっとプリミティブな昔の車のレースゲームとか)を久しぶりにやっているような気分になる。

騎士団長殺しの販売動向が過去作品より芳しくないと言った話も聞かれるが、背景にはこうした事情、20世紀的ノルタルジーにもう付いていけない、又はもうぼちぼち卒業かな、或いはそもそも平成生まれで昭和以前のノスタルジー自体をそもそも理解が出来ない、と言った世代が徐々に増えていると言った事情があるのではないかとも思われる(年齢別の売上内訳など見てみたいものである)。

自分個人の感想を言えば、自分の場合はこう言うノスタルジーに浸るのは、それこそ時々地方の温泉に行く頻度位なら良いとは思うし、また上述の通りで学生時代など若い頃は心地よく面白くかつカッコいいと思っていた面はあったものの、いつまでもずっとそのノスタルジーに今現在どっぷり浸りきれるかと言うと、必ずしもそうでもない、と言う感じだろうか。

それこそ作中で記載されたとおり、物語の輪は一回開いたら大団円でしっかりと成長物語として描ききって閉じてくれるべきであると言う発想を現在の自分は持つ傾向もあり、ディズニーやピクサー等のアニメ映画、ハリウッド映画の感動モノ的な作品とも通じるような比較的分かり易い「ど真ん中の骨太の成長物語」を好んでいる。若い頃よりも良くも悪くも発想が現実的にもなったとも思う。ご飯は食べていく必要があるし、何となくノスタルジーに浸り続けている訳にも行かないしなと。

しかし村上春樹ファン、ハルキストの皆が自分のようであるとは限らない。むしろ、数十年変わらない、ノルウェイの森の頃辺りからずっと変わらない村上春樹ワールドにどっぷり浸かって、出来る限り長時間のあいだ非日常体験をしていたい、それが村上春樹の利用法であり消費の仕方だ、と言った読者層も応分にいるのかも知れない。

仮にそれが事実であり、また村上春樹自身がこうした読者層へのイリュージョンをぶち壊さずに夢を見させておいてあげ続けたい、と言う事であれば、白いスバルフォレスターの男や秋川まりえの肖像と言った作品と同様に、未完成感のあるまま2部で完結するのもまた無難なのかも知れないし、3部を出すにしてもやっぱり半端な形で終わりにして、 現代的・現実的な時事問題、各自の人生の問題、金銭・経済問題、心の闇、と言った面倒かつ本質的な問題にはあまり踏み込み過ぎないようにするのかも知れない。


随分と長くなったが、騎士団長殺しの1-2部を読んだ後の感想を最後に再び要約すれば、「村上春樹ファンやアラフォー中年等なら普通に楽しめると思う」「一方で、村上春樹作品に付きものの踏み込み不足感もやっぱりある」「第3部が出てくる可能性は応分にあるが、出て来ない可能性もある」と言った所であろうか。そうした要素に一定の時間やお金を投入して差し支えないと言うのであればお勧めである。 

2017年2月25日土曜日

「男女関係開始アルゴ」その4:敗軍の中年おっさん、兵を語る(男女関係開始アルゴの問題点を徒然に)。

さて、前回までで、「男女関係開始アルゴ」を男性側、女性側双方の視点で紹介した。

しかし、これは「男女関係開始アルゴ」であって、「深い男女関係継続アルゴ」でもないし、「結婚・再婚アルゴ」でもないと言うのが留意点なのである。実際にこうしたテンプレートで婚活をしたり恋愛を開始する事には善し悪しあり、どちらかと言うと問題点の方が多いようにも現在は感じている。

そこで今回は、「敗軍の中年おっさん、兵を語る(男女関係開始アルゴの問題点を徒然に)」と題して、恋愛の開始をこうしたテンプレートに頼る事の問題点を中心に、アラフォー中年の懺悔の気分と共に記載しておこうと思う。


○「男女関係開始アルゴ」の 良い点

まずは良い点から。

・男女関係を始めるだけなら困らなくなり、対人スキルが改善し、一定の自信が付く。

単に男女関係を始めれば良い、異性との逢瀬を少し楽しんでセックスしたいなという時に、あまり困らなくなる。男性なら女性からちゃんと男として、女性なら男性からちゃんと女として見て貰えているな、自分は異性にとり魅力があるのだな、年齢が妙齢・佳境に入っている場合は自分はまだまだ行けるんだなと実感出来る。

人間、煎じ詰めると異性にモテない・セックス出来ないと言うのは男女双方とも、人格形成に大きな負の影響を及ぼすものであろうと思われる。そうした非モテ時代の問題から自由になれる事で、全く違う世界が広がるようになると言う効果はあるように思う。

また、対人スキルが上がると言う面もある。慣れてくると3ステップアルゴを調節しながら、知人・友人・恋愛対象等の対人距離のマネージが自分で出来るようになる。恋愛関係に進めたい場合はアルゴ通りに恋愛の話をし、ボディタッチやスキンシップを増やしていけば男女関係の雰囲気に出来るし、友人にしたい場合は仕事や恋愛の悩み等を共有するなどで友人関係に出来るし、知人にしたい場合は主に仕事の話や差し支えない世間話等に終始する事で知人程度に出来る。不愉快で知人にもしたくない場合は次回のアポを取る機会を持たないようにする事で関係自体をフェードアウトさせてゆく事も出来る。

相手の反応を見ながら対人距離を調節する事も出来るようになり、相手が明らかに自分の事に色気を感じていて乗り気の場合は3ステップアルゴを早送りにして初対面からちゅーなりやろうと思えば最後まで進めてしまう事も可能になるし、相手が自分の事を知人程度に位置づけており進展の余地はないなと察知して人間関係が拗れる前に知人・仕事上の付き合いのみに収めるようにも出来るようになる。

こうした事をある程度自分で管理出来るようになり、特に対人関係に不得意感を持っている人については、対人関係まわりの悩みが以前より減る事は実感出来るようになるだろう。男女だけでなく職場等でもソツなく対人距離を調整出来るようになり、いじめやセクハラ・パワハラ等のターゲットになりづらくなる等の効果はあるだろうと思う。

結果、全く男女関係のスタートも切れなかった頃に比べて、「絶対の自信」は付かないものの、「一定の自信」が付くと言うのはあろうかと思われる。(なぜ「一定の」自信であり、「絶対の」自信ではないのかと言うのは、問題点の所で詳述する。)


○「男女関係開始アルゴ」の問題点

次に問題点である。率直に言って、恋愛の開始をこうしたテンプレートに頼ることには、長期的には問題点の方が多いように思われた。

・出会いが段々と「作業・接待」になり、楽しくなくなる。出会いの質が悪くなる。

特に婚活として意識して3ステップアルゴで活動し続けると、作業感が強くなる。

最初のうちはお手手繋ぐのもドキドキしていたものが、トヨタの自動車生産の流れ作業のように簡単にお手手を繋ぎ、ちゅーをして、自宅で料理を作り、ベッドイン出来てしまうようになる。いい歳して初々しさとか言う歳でもないにせよ、これはこれでどうかと言うのはある。率直に言って、出会う事の義務感・負担感が徐々に出てきて、新しい異性と出会う事が余り楽しみではなくなる。

また、作業・接待感で出会いを重ねていると、だんだんと出会いの質が悪くなるようにも思われる。これは、自身の人との接し方に作業感が出てきて楽しんでいない事によって、恐らく自身が事務的になり自分自身の質・人間味が劣化すると言う事と、それに応じて出会う相手の質が同様に劣化していくと言う事と、 双方で効いてしまうように思われる。

人間、同じようなマインドやエネルギーレベルの同類が引き寄せあうものである。やはり、心のこもった人間関係を持つ、相手と会う事を楽しむように心がけていないと、周囲にも似たように人間関係が雑な人、殺伐とした人が増えて来てしまうように思われた。

そうした背景から、「男女関係開始アルゴ」で男女関係が開始されても、愛情の密度としては表面的で薄いものになりがちのようにも思われた。相手は自分自身・人柄等を愛してくれているのではなく、雰囲気の良い店でデートして雰囲気の良い自宅で旨いパスタ振舞ってくれて等等の「フワッとした雰囲気」を何となく好んでいただけだったのかなと思う事が多くなった。

自身の人との関わり方が作業感の伴う事務的なものになってしまっているのであるから自業自得・因果応報と言う面はある。ある段階から、「3ステップアルゴで密度の低い恋愛を繰り返して試行回数を増やしても、結婚・再婚には至らないかも知れないな」と思うようになった。

こうした症状は、「3ステップアルゴ」を使用する・しないに関わらず、婚活で切迫感・義務感にかられて次々と異性と会っていると起こりがちの問題のようにも思われる。異性を株のスクリーニングみたいに学歴・年齢・収入・趣味等の条件でスクリーニングして、ベルトコンベアのライン作業みたいに次々と人と会って行き、小手先のテクニック・タクティクスで「ソツのない定型的な魅力」で男女関係を開始する。

こうなってしまうと、回数を幾ら稼いでも有意義な出会い・男女関係・人間関係は結べなくなってしまい、カラ回りになり有意義な恋愛や結婚から遠ざかる一方になってしまうと思われるので注意が必要である。

1回目のデートでディナーを終えて「バイバイ」をした後に、接待を終えた後のような疲労感と、ハァーっとため息が思わず出てしまうようになったら、かなり危険サインである。いわゆる婚活疲れと言うやつである。

そうした場合には、もう男女関係初期の場数を踏むのは十分なので、ちょっと立ち止まって、中身のある人間関係を構築するにはどうしたら良いかと言う事を真剣に考える事をお勧めする。


・最初の3回のデートだけ最適化された洗練されたものになり、初期の期待値が互いに高くなり過ぎ、その後の失望感が大きくなる。

3ステップアルゴを確立した筆者の序盤戦の典型的なおデートはこうだ。髪型服装を小奇麗に整え、ジムで体格を整えた状態で、女性側のニーズを捉えた適度に良いレストランに行き、バーに行き、段々親密になり、3回目のデートでパスタなど自宅で振る舞いワインで乾杯する。一晩過ごした翌日の朝はコーヒーを淹れて女性が起きるのを待っている。筆者が車を持っていた頃はこれに加えてサングラスして赤のポルシェで自然に囲まれたカフェでブランチでも一緒して彼女の家まで見送り等も付いていた。慣れて来ると、DQNのキモい系拗れ独身中年でもこう言うのを空気を吸うように普通に出来るようになる。何事も場数と慣れである。

しかしついった酒場でどうしようもない事ばかりグダグダ呟く筆者の実際を知る皆さんには分かるだろう。そう、余りに出来すぎなのである。

筆者の実際は上記の活動から想定されるようなおシャンティなミドルではない。実際には、加齢に嘆き、上がらない収益にため息を付き、 行き詰るキャリアに悩み、引退出来るだけの資産蓄積もなくこのままじゃ老後まずいだろと焦燥し、再婚出来ない事に嘆き、女心が分かっているように見えてさっぱり分かっておらず、男女活動の行く末にアラフォーのいい年したおっさんが厨二の子供のように一喜一憂しているようなおっさんである。自分でも自覚しているが、ドラえもんののび太がダメなまま大人になってしまったような中年男、そうした面が否応なくあるのが実際の筆者なのである。

確かにおシャンティなオサレ系カフェのようなライフスタイルを適度に取り入れるのも嫌いではなくまあまあ好きな面もあるにはある。しかしそれは自身が根っからのおシャンティ、石田純一先生的なモテのDNAを持つからではない。自身のいけてなさ・グダグダしたマインドだけでは余りに心身のバランスが取れないのでおシャンティを取り入れる事でバランスを取ると言う、「魂の平衡運動」の結果としてのおシャンティなのである。言ってみれば、いつもくさやの干物だ魚の内臓の塩辛だと言った珍味ばかり食べていては栄養バランスも狂うから、オーガニック野菜のサラダもしっかり食べようねみたいな話なのである。

しかし先の序盤戦のデートでは、そうした側面が全く表現されずに、オーガニック野菜のおシャンティなカフェ・レストランの食事みたいになってしまう面は否めない。実際にはおシャンティカフェのオーガニック野菜サラダ風味の自分は前菜であり、くさやの干物や内臓の塩辛も含めた決して万人受けする訳ではないフルコースが自分だと言うのに。

結果として、序盤のデートにより女性側の期待値を余りにおシャンティな方面に引き上げてしまい、付き合いが長くなればなるほどに失望と下方修正を繰り返すと言う構図になりがちであった事は否定できない。仕事で空売りするようなクソ企業・クソ株・クソ経営者達、上場ゴールのクソIPO企業達をこれではさっぱり笑えない。

また、3ステップアルゴに応える女性側にしても同様の構造的問題があろうかと思われる。

男性が好むような服装やナチュラルなメイクで装備し、レストランの希望をガイダンスし、店のチョイス等に多少の不満があっても「ありがとう」と笑顔で返し、男性のどんな理解不能な趣味にも 「いいね!」をして「私もxxさんと一緒に体験したいわ♪」等と共感を示し、その他の細かい男性の気遣いにも目ざとく気づいて「ありがとう」の感謝を示す。男性がお手手繋いでちゅーして一晩お泊まりし易いように男性の知らぬ間にガイドをする。男性の家に訪問する際には前菜/ワイン/スイーツ等を持参する。そしてベッドで一晩過ごす。何て理想の女性なんだろうか。男性の期待値はどんどん高まる。ああ筆者の期待値も高まって行ったさ、嗚呼。

しかし、そんな『理想の女神だけ』みたいな女性がこの世に居る訳はない。実際は生理の周期で男からすると意味不明に不機嫌・情緒不安定になったりし、言う事と実際考えている事が全然違うのに「言わなくても分かってよ!」とかキーキー詰め寄って来て、男からすると「俺は超能力者じゃねえんだよ平素概ね仕事のことで頭が一杯なんだよ言葉できちんと説明してくれないと分かる訳ないだろ」と喧嘩になったりする。これが現実である。こうした現実を経ていくにつれ、女性側も下方修正・ネガティブサプライズを繰り返して行く事になる。

こうして、男女ともに「恋愛初期のアツアツバブル期間」は終了していく事になるのである。何度これを繰り返した事か。嗚呼。

その他に、試行回数の問題もある。

最初の3ステップアルゴのデートについては、同時に複数人数こなす事になるので試行回数は必然と多くなり、経験曲線もどんどん効いてくる。従ってどんどん慣れ・学習・改善が蓄積されてこなれて来る。

一方で一人の異性と真剣にお付き合いするのは当たり前だが一回に一人であり、しかも一人に半年一年と時間を使う事になる。2-3年以上の単位での付き合いとなると、当たり前だが誰だって人生において数える位の交際回数しかない訳である。しかも長期の付き合いになればなるほど個別具体的で相手によりケースバイケースなのであり、容易に一般化はしづらいし前の交際のノウハウを次回に転用すると言うようには行かない。

結果として長期の真剣な男女関係の試行回数は中々増えず、歳を重ねた所でそうそう洗練・学習は蓄積されては行かないし、何歳になっても手探りの暗中模索の面は否めない。構造的に、年齢・経験を重ねるほどに「お付き合い前・初期」と「お付き合い開始後」の学習レベルに差が生じ易くなると言う構造的な問題があるように思われた。年齢を重ねれば完璧に男女関係がこなせるようになるなどと言うのは幻想である。そりゃあ学生の頃と比べれば男女共大人になるにつれ一定の成熟はなされるものの、何歳になっても結局は試行錯誤、学習と成長の過程であるのが男女関係である。

つまり、3ステップアルゴにせよ、巷に出回っている恋愛・モテのマニュアルの類にせよ、恋愛初期を洗練したものに最適化するが故に、初期の期待値もオーバーシュートしがちで、バブルの山も大きくなり、翻ってバブル崩壊のショックも大きくなってしまう、と言う構造的な問題を否応無く抱えているように思われるのである。結果として短期的な関係に終わってしまいがちで、長期的な健全な男女関係の構築に至りづらい面はあると思われた。構造としては上場ゴールのIPO企業・株と問題の種類としては似ている。

もちろん、出会い初期を余りに所帯じみたものにしてしまうとそもそも結婚・再婚どころか 男女関係のトリガーが発動せず、彼氏・彼女居ない歴x年の歴史だけが更新され刻まれて行く事になる訳で、さじ加減は非常に難しい。余りに謙虚で控えめ過ぎても、そもそもIPOどころか資金調達もできず成長のチャンスすら掴めない訳で、そうして藻屑と消えて行く幾多の中小企業と問題の性質はここでも似ている。男女市場砂漠の日照りにやられて、干物男、干物女の状態からいつまでも脱出出来ないというのは本当に生きていてつらい。

しかし何にせよ、3ステップアルゴを最適化し過ぎると、「序盤だけやたらおシャンティな雰囲気になり、付き合いが長くなるにつれて後は失望するだけ」と言った事態に陥り易いのは確かである。この点は注意が必要だと痛感した。


・根本的な人柄や相性は3ステップアルゴでは分からない。特に、意見の相違・けんかが起きた際にそれを乗り越えられるか否かが3ステップアルゴでは分からない。

これは上述の、「初期の期待値だけ高くなり、後ほど男女双方で下方修正を連発する事になる」の派生形であると言える。「男女関係開始アルゴ」を用いると、男性側は最初の3ステップを最適化された形でこなすようになり、そもそも交際初期では女性側に大きな不満が出づらい。会話内で相当の失点でもしない限りは「ソツのない」感じになる。

また女性側も多少不満があっても批判はせず「ありがとう」とまずは言う、適切な配慮をするという大人の社交をする事になるため男性側にも不満は出づらく、問題が発生しづらい。

しかし男女関係を開始して交際を続けて行けばいつかは、「意見が合わない」「自分は相手にこうして欲しい・こうあって欲しいと思っているけど相手はそれを満たしてくれてない」と言う事は必ず発生するのであり、不満と言うのは必ず出てくるものである。

ここで初めて互いに心の奥底で燻っていた本音・本質的な人柄がぶつかり合い表出するのであり、これを建設的な形で乗り越えられるか否かは決定的に重要である。つまりは「ケンカが互いに一線は越えてしまわずに、信頼関係がベースにある状況が保たれた形で適切になされ、適度に収拾されるか否か」が男女のパートナー関係が長期にうまく行くには重要ポイントであると、既に一回離婚している筆者としては痛感している訳である。節々で小さなけんかや意見の相違でぶつかり合いながらも、それをこなしていく過程で男女相互の理解も深まり、だんだんとあうんの呼吸も醸成されて来るものだと思う。

しかし「3ステップアルゴ」ではこうした長期的に重要な相性は確認できない。

要するに、「3ステップアルゴ」では、互いに表層的な経歴・性格・雰囲気・セクロスの相性等を、おシャンティなデートと言う雰囲気上のゲタを履いた状態でカジュアルに、かつ比較的短期間で効率的に確認できるという話である。

一方で、付き合いが長期化してオサレなデート・雰囲気と言うゲタ・恋愛初期ボーナスがなくなった状況における、長期的に関係を継続する上で必要な、より根本的・本質的な人柄・本音・相性を確認していく事がしづらいのである

結果として、交際期間3-12ヶ月程度のうちに意見不一致やケンカが勃発し、それを乗り越えられずに関係が終了すると言う事案が頻発する事になる。


・根本的な所での自信は付かない。

3ステップアルゴは、ここまで読めば理解出来ると思うが、言ってみればある種の演出・ロールプレイ・対人技術と言う側面はある。 

人によっては出会い初期には3ステップアルゴなり巷に出回っている恋愛術をフル活用して、完全にキャラ・性格を作って猫を被っている人もいる。また自身にしても、ディナーの最中の会話のやり取り等で嘘を付いている訳ではなかったし、それなりに自分を出し、ついった酒場のTLのようなグダグダさキモさが大いにあるよ、俺はくさやの干物だよと言う説明は当初からしていた積もりではあるものの、なにぶん行為トータルとして正確に自分のキャラクターが相手に伝わっていたのか、また自分のキャラクターを初期から正確に相手に伝える努力をしていたかと言うと大いに問題があったと反省している。俺はくさやの干物だよとオシャンティなイタリアンを食べワインを飲みながら説明しても、状況トータルとしての説得力に欠ける。上述の通りで「恋愛モードを高確率で発動させるためにちょっとおシャンティ過ぎ」な面は否めなかったなと反省している。

こういう恋愛を繰り返しているとどうなるのか。「演出・対人技術で薄く広く異性からはモテる」「しかし付き合いが長期になって来て相手や自分の素が出ると恋愛バブル崩壊・下方修正で失望する・される」を繰り返す事になる訳である。

結果として、3ステップアルゴリズムを会得した初期については「やべえ俺・私って結構モテる、俺・私まだ行ける、人生終わってない!」と自信を得られるものの、時を経てこれを繰り返すにつれて「どうしても別れてしまい上手く行かない」「素の自分には価値がないのではないか」と言う疑問が次第に去来するようになる面はあるなと痛感するようになった。表面的な自信は増大するものの、一方で自分自身の素に対する深い意味での自信・自己肯定感が、度重なる男女関係の失敗・終了により次第に揺るがされて来る面があるとでも言おうか。

つまり3ステップアルゴなどで非モテを解消する事による自信とは、言わば「表面的な自信」であり、本当に力強い奥底から湧き出る自信ではない事を自覚するようになったのである。

「本当に力強い奥底から湧き出る自信」とは、いけてない面も含めて素の自分で十分に価値があると言う事をまず自分自身が確認出来ている事である。それを土台として、「素の自分でちゃんと異性がパートナーとして自分を愛してくれている」と言うのが加わると人間は本当に強くなる。夫婦円満の会社経営者、磐石の妻・夫が付いている起業家は非常に強い、銀行や投資家側でも「夫婦円満の経営者の会社ならカネを入れても安心」と言った格言があるのは、そうした背景があるのかも知れないなと最近実感するようになった。

つまり、「絶対の自信」「深い信頼関係に基づいた、本当の意味での男女関係のシナジー効果」は、表面的なタクティクス・戦術でちょっとモテるようになりましたと言う段階の男女関係・恋愛からは生まれて来ないという事である。

そんな訳で、「 真に豊かな、シナジー効果のある男女関係・男女のパートナーシップ」を得る上で、 3ステップアルゴなり世間に出回っている恋愛・モテ・婚活マニュアルの類では不十分、またはどこかの段階でむしろ副作用が目立って来るのかなと言う印象を持つに至ったのであった。


○ではどうすれば良いのか?

最後に、「ではどうすれば良いのか?」である。どうすれば良いのだろう。

何の努力もなし、男女のコミュニケーションの仕方の基本も分からず、男の加齢臭、女のSATC臭全開の段階で「ありのままの私を受け入れて!」と言うのも違うだろう。そして自身の経験上からも、周囲の観察からも、こう言う段階から「素の自分、ありのままの自分を受け入れて!」「ありのまま万歳」みたいな方向性でもってアプローチしてもそりゃちょっと違うでしょと言うか、実際の所芳しい成果は出ていない。そう言う類の人は結婚できていないし、結婚できてはいても大概円満には行っていない。

思うに、こう言う低次元の「ありのまま万歳」の男女と言うのは、三輪明弘先生の言葉を借りれば、「ヤツデの葉っぱに水あめをつけたみたいにベターっと重い」事になりがちなのである。 単に未成熟なだけと言うか、身勝手なだけと言う事にもなり易いと言うか。

服装身なりからして不潔で清潔感がなくても受け入れてくれ、デブで不健康な生活してて自分自身の健康管理も出来なくても受け入れてくれ、コミュ障で不愉快な自慢話と下ネタ位しか話題がなくても受け入れてくれ、性的魅力も全くないけど受け入れてくれ、自分の事を説明しなくても言わなくても全部分かってくれ、等等。男女とも自己中な身勝手・わがまま・未成熟・自己管理の出来てなさ等含めてそれが素の自分なんだから何でも相手が受け入れるべきだ、と言うのは非常に重たい。若いうちであれば改善意欲さえあれば多少の若気の至りは許されるとも思われるが、年齢を重ねて来れば来るほどそれでは重たい。

つまりはちゃんと相手に受容可能な形に、まずは自分自身で出来る範囲で外見・対人技術・内面とも整えておく、自ら立つと書いて自立しておくと言うのはそれはそれで大切な事であると思う。そう言う意味では、3ステップアルゴリズムの一連の外見・コミュニケーション技術の改善の過程、一定の自信の獲得と言うのも無駄ではなかったかなとは思う。

しかし3ステップアルゴ等の表面的なタクティクス・戦術で男女関係を開始させる事に最適化した形で物事を展開しても、真に実りのある男女関係・パートナーシップにも発展させづらい事もまた、上述の通りに痛感する事となった。

ではどうすれば良いのか?

現状の筆者から出せる答えはない。自身の感覚としては、こうして一周巡って、ようやく素の自分で自然体に行きつつも時には男女関係の塩コショウを適度にまぶして楽しむみたいな形でバランスが取れるのかな、一定程度恋愛も楽しみながらも有意義な信頼関係の構築にシフトしていけるのかな、と言う気もしている。

しかし筆者は齢既にアラフォーであり、人口統計の数字上では「結婚はもう殆ど確率としてはない」年齢に差し掛かっている。もうなるに任せる他ないかな、と言う、戦に破れて捕虜になり、打ち首を待つ侍のような気分である。

織田信長の愛した「敦盛」の、「 人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり 」の一節を 諦観・観念と共にひたすら暗誦し、しかし心の中ではエヴァンゲリヲン・シンゴジラ庵野先生の大昔のNHKアニメ「不思議の海のナディア」のフェイトさんのように、「俺は死にたくねぇ、まだ死にたくねぇんだよ!」と叫び(注:分かる同年代のかたは懐かしい気分にしばし浸ってください、分からないかたは流して頂けると幸い)ながら介錯を待つ段階とでも言おうか。筆者のアラフォーの人生、夢幻の如くであった。合掌。

皆様におかれては、筆者の如くにアラフォーにもなって拗れ独身中年を歩む事にならずに、これを他山の石として、人生の早期よりパートナー探し(これはひいては相手を探す過程を通じた、自分探しという事にもなる)にはきちんとリソースを割いて試行錯誤し、幸福なパートナー関係を構築されるよう、心から祈るのみである。

「敗軍の中年おっさん、兵を語る」であった。
長らくのご静聴と言うか長文のご読解、ありがとうございました。

「男女関係開始アルゴ」のテンプレートその3:「3ステップアルゴリズム」を踏まえた女性側のテンプレ。

○女性の側からの男性と交際を始める際のセオリー。
前回の続きである。前回は、男性側の視点から、女性と交際を始める際のテンプレートを提供した。今回は、逆に女性の側からの男性と交際を始める際のセオリーを紹介したい。

「拗れ独身男女市場砂漠」をうろうろしていると、自身のような男性の男女市場砂漠徘徊者だけでなく、女性側にもいつまでも男女市場砂漠におけるオアシスすらも見つけられずに孤独と渇きで干物になりそうな・既に干物化している同志というのがいる。そうした女性側からもこうしたアドバイスを男目線で欲しいと言ったリクエストを過去に何度か受けた事があり、それが執筆を決めた背景である。

前回同様、DNAから恋愛体質がきちんと備わっており放置していても男性からモテるような勝ち組女性は対象読者にはしていない。「全く恋愛モードを開始できない、三十路以降に突入し彼氏居ない歴もx年となり、恋愛って何だっけ?と最早男女関係を忘れてしまいつつある」女性向けに、「結婚出来るかは別として、取り敢えず交際を開始し、女性としての自信を取り戻し、男女関係ってこれだったと思い出すためのきっかけ」を提供出来るような、極めてベーシックにしてなんのひねりもサプライズもないマニュアル的な基本テンプレートの提供を男性目線から行う、と言うのを本投稿の目標としている。

仕事や普通の友人関係はうまく行っているのに何故か恋愛になるとてんでダメ、「お友達キャラ」で苦労してもう男女市場砂漠で干物になって死にそうだ、と言った我が同志の拗れ独身女性に小規模のオアシス、水筒の一杯の水を提供できればこれ幸いである

また、20代の若い頃は何もしなくてもモテたのに30代に入って全くお呼びがかからなくなり価値の暴落に驚愕している、と言った女性へのささやかな処方箋も入れた積もりなので、そうした向きも参考にして頂ければこれ幸いである。

何度でも繰り返すが、例により金融やヘッジファンドについて何の洞察もないので、そうしたものを求める方はここで読むのを止めて頂けるとこれ幸いである。

○基本コンセプト:男性側の「3ステップアルゴリズム」をお膳立てするのが女性側の基本。

女性側の基本戦略は簡単である。男性側の「3ステップアルゴ」を円滑に行い易いようにお膳立てをする、と言うのが基本スタンスとなる。以下に、 男性側の「3ステップアルゴ」を簡単にレビューしておく。

1.1回目のディナーデートでお手手を繋ぐ事をObjective、ゴールとする。それだけにフォーカスする。1回目でそれ以上は狙う必要はない。

2.2回めのディナーデートで軽くで良いからちゅーをする事をObjective、ゴールとする。それだけにフォーカスする。2回目でそれ以上は狙う必要はない。

3.3回めでひと晩過ごして夜の営みをする事をObjective、ゴールとする。ひと晩過ごす際には必ず女性側に2人で過ごす良い言い訳をお膳立てする。これをもってお付き合い確立。

上記が基本アルゴな訳であるが、昨今男性側が草食になり、モジモジして恋愛が発火しないケースが増えていると言う現状があるので、女性側から上記を実行し易いように促すと言う事である。つまり、女性側の 「3ステップアルゴ」は以下になる。

1.1回目のディナーデートでお手手を繋ぐ事をObjective、ゴールとする男性側がお手手繋ぎ易いように女性側からもお膳立てをする。
2.2回めのディナーデートで軽くで良いからちゅーをする事をObjective、ゴールとする男性側がちゅーしやすいように女性側からもお膳立てをする。
3.3回めでひと晩過ごして夜の営みをする事をObjective、ゴールとする男性側が事を進め易いように女性側からもお膳立てをする。
因みに、女性側からどんどん手を繋いだりちゅーしたり男子を押し倒したりする必要はない。男性側に花を持たせる意味でも、適度に男性側に主導権を持たせる位にした方が恋愛開始の頃合いとしては円滑な面があるのは(元来男女は平等で然るべきであるにせよ)確かなように思う。サルサ等のダンスの主導者が男性であると言う事には一定の意味合いがあるとでも言おうか。

余りに女性が主導権を握りすぎると、依存心の強い「だめんず男」が寄って来やすくなる等の弊害も想定されるので、バリキャリ系・姉御肌系の女性等はこの点は留意頂けると幸いである。

従って、「男性側が3ステップアルゴを進め易いように女性側からお膳立て・呼び水を入れる」と言うのが基本スタンスになる。以下に「女性版3ステップアルゴ」を実行する際のポイントを幾らか書いておこう。

○ステップ0:下準備~ディナーを誘うまでの、女性側のお膳立ての仕方いくつか。

以下が女性側の下準備である。基本線、男性側のステップ0を女性版に焼きなおしたのみである。

・まずは前回の「前準備」を実践しておく。

ここは前回の以下のブログを参照。

「男女関係開始アルゴ」のテンプレートその1:参考書と前準備
http://anonymousinvestortokyo.blogspot.sg/2015/12/1.html

スパルタ婚活塾の書評、パートナー探しに悩める愛すべき中年妙齢拗れ独身男女の同類達への讃歌等。
http://anonymousinvestortokyo.blogspot.sg/2015/04/blog-post.html

男性側だけでなく女性側もこれはやっぱり必要である。

確かに、「ありのままのわたしを受け入れて欲しい」と言う気持ちは重々分かるし、最終的には男女ともありのままを受け入れ合えるようなパートナーを見出すのがゴールであり、幸せである事は自身も実感している。

しかし、現実としては暴飲暴食を繰り返し体型も崩れきりお肌も荒れきってチャーミングさのかけらもなくSATC臭を充満させていて「これがアタシのありのままだから受け入れてよ!」等と叫んでみた所で、現実として無理な話ではある。低収入チビデブハゲ無趣味不潔感漂うDQNキモオタ拗れ非リア中年男性が恋愛や結婚の候補者の俎上にすら上がりようもないのと同じで、やっぱりそれでは相当に厳しい。

特に30代以降入るときちんと運動などしておばさん体型にならないようにビジュアルを維持する、適度な睡眠にヘルシーな食事等で健康を維持する、服装で女同士のマウンティングばかり意識してマニアックなブランド・デザインの服等に走り過ぎずに男性から観て良いなと思えるような服装・メイク等も出来るようにしておく、女を捨ててしまわないように・SATC臭の加齢臭が付いてしまわないように女性の尊厳を確保する、と言った基本インフラの確保は非常に重要である。

20代の頃は暴飲暴食して不摂生で運動もせずその他諸々も無茶苦茶、みたいな状態でも素材が良ければ勢いでモテたりもするが、30代に入るとこれでは圧倒的に厳しくなるので注意が必要である。

それに、女性の「ありのまま」は、本当に「 デブでチャーミングさのかけらもなくSATC臭漂う中年女」なのだろうか。人間は行動・習慣でどうとでも変わりうる。最初は子供の頃の学芸会の演技だかコスプレだかライザップの恋愛版だと言い聞かせてでも、ジムにでも入会するかヨガでも始めるかして適度に運動をして、睡眠を十分に取り、暴飲暴食を止め、健康な適度な色気のある体型にし、白のワンピースみたいな男受けするベタな服を1着位用意してみて、下ネタやアタシ何年セクロスしてない干物女なの的な自虐で笑いを取ったりしているなら直ぐにやめてSATC臭の消臭に励んでみて欲しい。

一度定着してしまえば、そのうちそれが当たり前の習慣になり「ありのまま」になると言う側面もある。自信も付くと思う。

・ディナーを受ける際のポイント:男性側から堂々とこれは男女関係ですよと宣言して誘われたら、生理的にこの人はあり得ないという事でなければ茶化したりしないで受ける。

さて、男性側がディナーに誘うポイントは、最初から堂々とこれは男女関係ですよと宣言する事」であった。これに対して女性側のポイントは、「男性側から堂々とこれは男女関係ですよと宣言して誘われたら、生理的にこの人はあり得ないという事でなければ茶化したりしないで受ける」と言う事になる。

男と言うのは、幾ら仕事が出来ようが、見た目堂々としていようが、大概はある意味「ガラスのメンタル」を持っている。最初のアプローチの所で「男女関係であると最初から宣言して断られたらどうしよう」と言う不安を全く持たない男性は少ない。ガラスのメンタルを手なづけながら、不安を抱えながらも、勇気を出して「あなたの事がかわいい/素敵だなと思いもっと話がしたいと思いました。ディナーしませんか?」と誘っているのである。

ここで女性側が、男性を茶化したり、私かわいくも素敵でもないとかはぐらかしたりしてしまうと、ガラスのメンタルの男性の心は砕け散ってしまいリカバリーに難儀する状態になってしまう。誘って来る側が余りにも「生理的にあり得ない」「何がどう転がってもこの人と接するのは嫌だ」と言う事であれば、仕事が忙しくて等適度な理由を付けながら丁寧に断った上で連絡を減らす・断つ等してフェードアウトしてゆけば勿論それで良いが、ニュートラル以上の印象を持っているのであれば、「ありがとう、是非」と乗ってあげて欲しい。

また、女性側も「彼氏が居ない段階においては複数の男性と同時にアプローチする」と言うのは需給改善の上で非常に有用である。特定の彼氏が居ない段階においては複数の男性とのディナーが適度に入っている状態を作っておき場数を踏んでおくと言うのは、余裕のある環境のもと落ち着いて次の交際相手を探す意味においても価値のある事である。そうした意味合いにおいても、ディナーの入口の所であまりハードルを上げすぎず、ニュートラル位なら空き時間で軽めのディナーを受けるようにする、と言うのを心がけると良いと思う。複数の選択肢があると言う余裕が、モテ度上昇には大きな役割を果たす面がある。

「お友達キャラ」に陥ってしまい男女交際が中々発生しない人と言うのは、男女ともここの所が妙に生真面目過ぎて、まだ男女交際も始まっても居ないのに「食事すら1回に1人」のバッチ処理をしてしまっている場合が多いと思う。最終的にはひとりの人と浮気せず交際をするのが誠実だとは思うが、特定の彼氏が居ない状況におけるディナーの段階ではそれはまだ「一般的な社交」の範囲である。同時に複数名を並行処理で接する事は決して不義理ではない。生真面目過ぎる向きにおいてはそう言う理解を確認しておいて欲しい。

・デートの内容:最初の2回位のデートはべただけどディナーで良い旨を促す。
次にデートの内容であるが、男性側がある程度こなれており適度にディナーをセットしてくれるのであればそれで良い。一方で一番最初からイキナリお泊まり旅行とか自宅にどうかとか「段階を飛ばしてセクロスに行きたがる」場合は断った方が良い場合の方が多いだろうし、そうした悪気はなくても映画やコンサート等の「拘束時間が長い割に互いに理解を深めづらい企画」が来た場合は忙しいとか適度に断りながら、「当初のデートはディナーが良い」と言う方向に呼び水を入れてあげて欲しい。

或いは、映画やコンサート他男性側の趣味と思われる企画モノ+お茶で感想を語り合いここではお手手繋ぎもなし、と言ったデート位で0.5回位にカウントし、次回は食事でもしながらゆっくり話がしたいなという流れに持っていって残り0.5回としてこれを持ってお手手繋ぎと言う流れでも良いだろう。

何にせよ、映画・コンサート・観劇等の趣味の企画モノだけを共有している段階では互いの人となりは中々分からないので、その後にお茶、ディナー等の飲食をしながら話をする事を促す事が肝要である。

・どんなディナーをどう段取りすれば良いのか:高級すぎず安すぎずできっちりおいしくゆっくり話が出来る店を男性側が手配をするのをお膳立てする。
次にどんな店・ディナーに決めるか。一定以上場数を踏んだ男性であれば「何でもいいです」と相手にお任せにするだけで適度に素敵な店をチョイスしておいてくれるだろうし、それで相手の趣味や男女関係のこなれ具合、センス等を推し量ると言うのもそれはそれで考え方である。

しかし一方で、男性側の種明かしをしておくと、往々にして男は素晴らしいレストランだデートスポットだにそんなに詳しい訳ではないし、デートのディナーの場所を決めると言うのは結構負担だったりするものである。特に仕事一徹の男性、営業等でない研究職や専門職等で接待・会食を仕事でしない男性、女性経験の場数をそんなに踏んでいない男性等については、「最初のデートをどうするか」「最初のディナーの場所をどうするか」でさえも、結構なハードルなのである。

こう言う男性は地味かも知れないが、大概は真面目だし浮気もしないし深く付き合えば非常に良いパートナーになる場合も少なくない。こうした男性を全部「いい年して女性もエスコート出来ないなんて頼りないしつまらないからダメ」と切り捨てるのは男目線の筆者からすると余りに勿体ないし、そうして男を見る目ばかり肥えさせて行く一方で歳ばかり取って行くから独身拗れ中年女性として男女市場砂漠を妙齢になってもさ迷い続ける羽目になるのである。

ここは女性側もひと肌脱いで、男性側に協力的な呼び水を入れてみる事で、男女市場砂漠から脱出する確率を上げる事が出来る局面である。

特に女性が30代に突入すると、20代の頃の「自分はお客さん・お姫様で男性に良くして貰って当たり前」と言う意識のままでは拗れ中年アラフォー突入はほぼ確定であり、「女性側も協力的に一緒に関係を作りあげると言う意識を持つ」と言うのは決定的に重要になる。心当たりのある女性は注意して欲しい。

具体的には、女性側から「何でもいいです」ではなく、「オフィスがこの辺/当日はどこそこの出先に営業で出て直帰の予定だから、場所はこの辺で、この料理ジャンル(イタリアンなど無難でチョイスが豊富にあるのを選んであげよう)を、余り肩肘張りすぎずでもゆっくり話が出来る所がいいな」と希望を述べてあげるのが良いだろう。

男性側からすると、「何でもいいです」と言うのは、ある種女性側から「センスの良い趣味の良い店をチョイスしないといけない」と試されているような負担感があり、ハードルが高くなるのだ。一方で、エリア、料理ジャンル、予算(=ガチすぎずでもゆっくり話が出来る所、と言うのである程度予算が特定される)、の呼び水を女性から入れてやれば、男性側は食べログなりミシュランなりザガットなりで調べて店を特定し易くなるのである。

因みに、ガイダンスは女性から呼び水を入れるにせよ、店のサーチと決定自体は男性にやって貰うのが良いだろう。女性が余りに何でもやってあげると、だめんずを掴むリスクもある。不器用にしろ、女性からのガイダンスを踏まえたものにせよ、男性が店のサーチと決定位はする甲斐性・行動力・決断力位はあるかは見ておく方が良いだろう。

そして、お店を決定してくれたら、 多少店のチョイスが拙いなと思っても、「決めてくれてありがとう」とニッコリ喜んであげる。これにより男性側の緊張感・不安感はだいぶ緩和する。

男のデートコースのチョイスを上から目線で評定して「だっさー」等と言っていられる女性は、若いだけで価値のある20代、それもせいぜいアラ25位までである。特にアラサー以上の女性で若い頃男性にモテていた女性は要注意である。アラサー以降も上から目線で男性を鑑定していたら結構な高確率でアラフォーになっても拗れ独身中年女性である。

筆者のような轍を踏んでいいアラフォーになってもパートナーがいないと言った事になってしまわないためにもこの点気をつけて頂き、大人の女性たるもの、女性側からもお膳立てや呼び水を男性側に入れてあげる、二人で良い関係を一緒に作って行く、と言う寛容と包容力を心がけて頂けるとこれ幸いである。

集合場所は、こなれた男性であれば近くのホテルのラウンジだのバーだので待ち合わせてカクテルでも一杯飲んでからみたいなケースもあるだろうが、過半のこなれていない男性にこう言うのを期待しない事である。現地集合でよしとしてあげよう。

○ステップ1:3ステップアルゴその1、1回目のディナー。「お手手繋ぐ」のObjective達成をお膳立てせよ!

次に1回目のディナーである。先の通りで、ここでの男性側のゴールは 「お手手繋ぐ」である。女性側としては、相手が自身の気に入る男性であったら、男性がお手手繋ぎ易いようにお膳立てする・呼び水を入れると言うのがゴールになる

・時間丁度位、または微かに遅れる位にお店に到着する。
これは、男性側にスタンバイする猶予を与えるためである。女性を待たせるのは良い事ではない、と言うのは大概の男性は理解しているので、女性側が10分前到着をされてしまうと男性側は焦る。多少早く現地に到着できる場合でも、敢えて時間丁度位に到着してあげよう。

又は、LINE等で少し遅れる旨謝罪を送ってわざと2-3分位微かに遅れて「ごめんなさい遅れちゃって」等と登場してあげると言うのも良いかもしれない。すると男性側は既に心の準備やオーダー等も決める事が出来、「大丈夫だよ、僕も今着いたばかりだから」と寛大な俺アッピールをする事も出来、滑り出しの良いスタートだなしめしめ等と感じる事が出来る。これを女性側から敢えてお膳立てすると言うのも悪くない所作と思う。

ただしちゃんと「ごめんなさい遅れちゃって」と謝罪を入れておかないと、単に時間にルーズな人なのかなと思われる可能性もあるので注意して欲しい。

・男性にオーダーして貰うように促し、男性と同じものを頼んで暗黙の賛同を示すか、違うものを頼んでシェアする等をお膳立てする。取り分けやお酌はしても良いが相手がしてくれる場合はそれをとめたりしないでありがとうと感謝を表現する。

オーダーは男性にやって貰うのがマナーなので、男性にウエイター/ウエイトレスさんを呼んで貰う。優柔不断による失点は男性の方が大きいようにも思うが、女性側も余りに長々迷われると男性はテンポが狂う面もあるので早期に決めてあげよう。迷ったら特に飲み物などは男性の頼むものと同じものを頼む事で「暗黙の賛同」を男性に示す事が出来る。

また、男性と違うものを頼んで「ひとくち飲ませて」「アペタイザーをシェアしよう」とお酒や皿をシェアするように促すと言うのも親密感を増す所作として良い(大げさに言えば間接ちゅーなのであり、お手手繋いだりちゅーしたりの前段階ウォームアップになる)。

また、オーダーしたりワインを注ぐのは男の仕事だと言うのは知らない男性も案外いるので女性側がオーダーやお酌をしても良いが、男性側がいいよ俺がやるよと言ってくれたら「ありがとう」と言って男性にやって貰うのが吉である。男性側にポイントを稼がせてあげる、花を持たせる、但しお礼の「ありがとう」をしっかり言うと言うのがポイントである。

基本線、男は言葉で言ってくれないと分からない生物なので、自分がやって欲しい事をしてくれたら「ありがとう」と感謝を言葉で示すと言うのは重要である。ちゃんとした男性であれば、次回も同じようにやってくれるようになるだろう。)

・その他、表面的でも細かい優しさを演出されたら「ありがとう」の感謝で返す。

これは以前に紹介した水野敬也氏の「LOVE理論」を参照。

LOVE理論 
水野敬也 

例えばエレベーターのボタンを男性が押してあげる、ドアを開けたげる、レストランの席は女性に上座あるいは景色の良い席について貰う、オーダーは男性がやりワインは男性が注ぎ女性にお酌させない、お会計は女性のお手洗いの最中に済ませておく、こうした一連の所作は、男性側は最初から知っている訳ではなく、それなりに意識して、学習してそれを遂行している。

男性側からすると、そうした気遣いに女性側がきちんと気づいてくれて、「ありがとう」と喜んでくれると嬉しいものであるし、「この女性は気遣いにありがとうで応えてくれる女性だな、打てば響く、優しくしがいのある女性だな」と感じたりもする。

一方で男性側からすると、こう言う所作ひとつひとつについて「してくれて当たり前」と言う態度の女性と言うのは、男にちやほやされ慣れているのかな、傲慢なんじゃないかな、と警戒するものである。特に「お会計を男性が済ませる」に対して、それを当たり前と言う態度の女性に対して男性は警戒する。

そぶりでも良いから財布を出す態度を見せる、ありがとうごちそうさま美味しかったと感謝を述べる、店を出てから割り勘を申し出て男性側がそれでも今回僕が払うよと言うなら次の機会に私からも奢らせてねで返す、等のフォローを入れておくと言うのは重要で、男性の中にはここのフォローの有無で次回その人と会うか否かを決める人も結構居る。

そんな訳で、女性の側は、男性が頑張って優しい俺アピールをしてくれているようであれば、表面的かも知れないにせよ、「ありがとう」できちんと応えてあげると良い。

・仕事の話を長々しないように、女性側から趣味や恋愛の話の呼び水を作る。

さて、次はこの「仕事の話ばっかりになってしまう問題」である。男性と言うのは、とかく仕事の話が好きな生き物である。特にある程度仕事に情熱を注いでいたり仕事の出来る人であればその傾向が強いし、そうでなくても仕事の愚痴等の話題がついつい多い男性と言うのは多い。他の手持ちの話題が余りない男性もいる。

勿論男性側がそれでは男女関係にならないと言う事を理解して、話題をパーソナルな方面にマネージ出来るのであればそれで良い。しかし中々そう言う兆しが男性側からなくて延々仕事の話をしている場合に、それでもその男性とお付き合いまで持って行きたいと言う場合、女性側としてはどうすれば良いか。女性側から趣味や恋愛の話の呼び水を入れる事である。

具体的には、「仕事は仕事として、休みの日は何してるの?」と言った辺りから早めに週末・趣味=仕事外のパーソナルな話に話題を移して、女性側から男性側の趣味やライフスタイルを褒めてノセて行くのである。車とか時計とか女性からしたらさっぱり分からない趣味でも話は聞いてあげよう。

またアニメ・鉄道等のオタクっぽい趣味、元来「モテ」と言う観点からはマイナスになり得る趣味を開示してきた男性には、「いいじゃんアニメ!私も観るよアニメ」「鉄道いいじゃん、私も駅弁と缶ビール片手にローカル線の旅とかいいと思うよ」等と強い共感を示してあげれば、男性側はその女性を「理解のある味方」と思うようになり親密感が一気に増す。

後はもう、「今度xxさんの車に乗せて貰いたいなあ」「今度xxさんと一緒にアニメ観たいなあ」「今度xxさんと鉄道の旅でもしたいなあ」等と男性側の趣味に合わせて「その趣味をxxさんと一緒に私もやってみたいなあ」とちゅー以降の呼び水を女性側から作ってやれば、物事進展させるのは結構簡単である。

こうして、男性側は「おおそうか、じゃあ今度一緒に行こう/やろう」と回答しさえばすればよい所までお膳立てしてやれば、仮に女性側がきちんとステップ0の準備の所で服装見た目SATC加齢臭の除去等しっかりやっており、男性側からしてそう悪い印象がないのであれば、恐らくかなりの高確率で関係を進展させられるだろう。(それでも断られたり話をそらされたりしたら、それはもう脈がないと言う事なので諦めて他の男性に行こう。)
女性の側からも、仕事の話からは早めに離れる、仕事→趣味→恋愛、と話の流れの呼び水を作って行く、と言う事を心がけて欲しい。

・「ギャップ」を意識して作る。相手の「ギャップ」を探す。
さて、「ギャップ萌えの誘発」が効くのは男女とも同じである。美人系が全く外見にそぐわない意外な趣味を持っている、バリキャリ系の女性が料理等の家庭的な趣味を持っているとか、そう言う振れ幅を用意しておくと言うのは有効である。

また、男性側の「ギャップ」を探して褒めてあげれば大体ポイントは高い。例えばバリバリ仕事をしている男性の意外に小心だったりかわいい一面を見つけてそこが良いと褒めてあげたりすれば大体ポイントが高い。

 お会計が女性のお手洗いの最中に済ませてあったら、割り勘の意思表示・感謝を示す。
先述のとおりだが、 「お会計を男性が済ませる」に対して、それを当たり前と言う態度の女性に対して特に男性は警戒する。そぶりでも良いから財布を出す態度を見せる、ありがとうごちそうさま美味しかったと感謝を述べる、店を出てから割り勘を申し出て男性側がそれでも今回僕が払うよと言うなら次の機会に私からも奢らせてねで返す、等のフォローを入れておくと言うのは重要である。

先に述べた通りで、男性の中にはここのフォローの有無で次回その人と会うか否かを決める人も周囲には相当数居る。お礼を言わない場合、ありがとうが言えない女性とは次はないなと言う男性陣は結構いる。付き合った後も彼女のために気遣いしても感謝してくれない人と居るのは嫌だなと感じるからである。

また、「うーんxxより味/サービスがいまいちだったな」「前回より味が落ちたかな」とか食通ぶった・評論家じみた発言をわざわざする女性もいるが、こうした場合も、男性側は自分のレストランのチョイスひいては自分自身を否定された気分になってしまい、次ディナーに誘ったり気遣いしたりしてもどうせ批判されるしもういいやとなってしまい、もう次はない。

男ってなんて軟弱で小心なんだと責めたい気持ちは分かるが、男心はガラスのように脆く繊細なものなのである。若い頃モテてあちこち男性に奢って貰って良い店に連れていって貰っていたとか、バリキャリ妙齢女性で接待やお一人様で仕事あがりに普通に良い店で食事をするのに慣れてしまっている人等でこの手の問題は発生し易いように思われるので、注意が必要である。

ストランの辛口めの評定までするのは、相応に親密になり、互いにレストラン食べ歩きが好きだと言う共通の理解がある場合で、互いにレストランの辛口評定をし合う事で互いの一体感が増すと言った場合に限定される。仮に女性側の方からその男性とは次はないなと思った場合でも、その男性の友人等から運命の人が見つかるかも知れないのだ。わざわざ男性側を不愉快にする事により得るものはない。

以上より、ご飯食べてお酒飲んでお腹一杯でましてや奢って貰った時に、わざわざ批判的なコメントを述べて場を凍らせる必要性はない。感謝の意を示しておくのが吉であるし、大人のマナーである。

・「二件目のバー」はお酒が飲めなくても付いて行く
さて、男性側の「3ステップアルゴ」を読んだかたは分かるだろうが、次は2件目のバーをどうするかである。これは男性側と事情は一緒で、女性側もディナーを一緒にしていて明らかにぴんと来ないなと言う場合はそのままバイバイで良い。趣味や恋愛の話をして行く過程で、「これはお互い違うわな」と分かる場合も結構ある。

一方で、もっと先にプロセスを進めたいと言う場合には「徒歩圏で行く2件目のバー」を男性に提案されたら付いて行った方が良い。

ここでのポイントは、「相手の男性が魅力的だと感じたなら、お酒が飲めなくても2件目には付いて行く」事である。特にお酒が飲めない女性はこれを、相手の男性の事をいい男だなと思っている場合でも「お酒飲めないから」で断ってしまう事で機会損失がみられる場合がある。筆者の周囲の拗れ独身メイトの女友達等の事例でも複数こうしたケースは見られる。

相手の男性がいい男だなと思うのであれば、飲めない場合でも「私お酒飲めないんだけど、ノンアルコールカクテルとかがあるなら付き合うよ(注:どこのバーでも必ずMocktail、ノンアルコールカクテルは用意されている)」と言って付いて行く事を勧める。

・そして「お手手つなぐ」のObjective達成をお膳立てせよ。
そして、1回目のディナーの最後のハイライト、「お手手つなぐ」である。相手がいい男だなと思うのであれば、男性側がお手手繋ぎ易いように女性側は呼び水をいれてあげて欲しい。男女とも、ただの友人や仕事上の相手とお手手繋ぐ事はない。「お手手繋ぐ」と言うのは、これが間違いなく男女関係であり、次回のデート以降も男女関係として関係を発展させて行くモノであると言う関係性構築の上での重要なマーキングになるのである。

2件目のバーに行かないけれども男女関係として良いかもなの場合、女性側からどうするか。最寄り駅まで歩くとかタクシーに一緒に乗る、と言う「横に並んで一緒」のシチュエーションが発生するはずである。この際に女性側から「カバンをわざと当初は男性側に持っておいて、更にわざと男性側の反対に持ち替えて手を空ける所作を取る」と言うのが男性側からすれば「お手手繋いで良いですよ」の呼び水になる。また、距離を詰めてわざと多少手などがかすったりする状況を作ると効果的である。

2件目のバーに行く際には、お手手繋ぐチャンスはそのまま帰る場合よりも豊富にある。まずはレストランからバーに徒歩で移動する途中。この場合のプロセスは上の通りである。また、バーに入って「テーブルが良いかカウンターが良いか」と聞かれたら必ずカウンターで横座りになる事を希望する事。こうなると距離を縮められるし、心理学的にもテーブル越しに対面で座るよりも親密度が増す。

そして、わざと距離を詰めたり、男性側が手を触り易いように男性の近くでグラスに手を添えたりすると良い。

また、男性側が面白い事など言った際に、談笑しながら女性側から手を男性の肩や腕等に軽く触れたりするのは非常に効果的である。ここは水野氏の以下の書籍の「お触り48手」を参照して欲しい。この書籍のように露骨に女性から男性にボディタッチするのはちょっと勇気が要るだろうし若い頃ならともかく30代以降になったらちょっと不自然だなと言う項目も多いが、上記のように談笑しながら男性の肩等に軽く触れる位であればハードルも低いしある程度自然だろう。女性側からボディタッチと言うのは草食男性を男女関係に促すには非常に有効なのは確かである。

スパルタ婚活塾 
水野敬也 

バーでする話はディナーの恋愛の話の続きでいい。お酒も飲み、お手手も繋げば、仕事の取引先や情報交換相手ではなく、「男女関係」と言う関係感・空気感を作る事が出来る。また、上に書いたとおりでバーから各自帰宅する際にもタクシー車内や最寄り駅に戻るまででお手手繋ぐチャンスがあるので、その際は上述の通りで鞄を男性の反対側に持ち替えてあげて男性側の手を空けてあげる、距離を少し詰める等で呼び水を入れてあげると良い。

以上の施策を打つ事で、女性側から「お手手繋いで良いのですよ」と言う呼び水を入れてやり、男性に「お手手繋ぐ」のObjectiveを達成させてあげる、と言うのがステップ1の要諦である。至極オーソドックスで何の工夫もなく、男女経験のこなれた男女からすると恥ずかしい位のレベルの話であると思うが、特に仕事や勉強ばかりして来た女性、彼氏居ない歴x年で男女関係を忘却しつつある女性など、こうした基本の雛形を持っていない女性も世の中結構いるようにも思われる。

また、実際周囲にこう言うアドバイスを求められて回答した事もある。こうしたべたな雛形があるだけでも経験上、飛躍的に成功率は上げられる。参考なれば幸いである。

○ステップ2:3ステップアルゴその2、2回目のディナー。「ちゅー」のObjective達成をお膳立てせよ!
さて、次は2回目のディナーの段階であり、男性側の投稿を読んだかたは周知の通りで、Objectiveは「ちゅー」である。2回目のディナーの別れ際までに、くちびるとくちびるがかする位でも良いから男性側からちゅーを促す事が出来れば、2回目のディナーはミッションコンプリートである。

・2回目ディナーのアポの取り方。貸し借りを作って、誘い易いきっかけをお膳立てする。
さて、2回目ディナーのアポの取り方である。女性側の心得としては、「貸し借りを意図的に作り、誘い易いきっかけをお膳立てする」事である。具体的な方法としては、1回目のディナーで奢って貰ったら、「ありがとう、じゃあ次回は私に一杯奢らせてよ」と返す、本の話題をして本を貸し借りする約束をしておくなどが自然である。ディナーの場所についても、1回目と同様に、希望を女性側からある程度伝えてあげた方が男性側からすると助かるのは同じである。

・1回目ディナーとの「ギャップ」を作るのが有用。
2回目のデートに当たる際は、服装などを一回目と変えると有効である。1回目が清楚路線なら2回目は行き過ぎない程度にセクシー路線、1回目が仕事帰りでオフィス服なら2回目は土曜日でカジュアル路線、等とすると男性陣は結構簡単にドキドキしてくれる。ギャップと振れ幅はここでも重要である。

・互いの理解を深める。
2回目のデートは、1回目でお手手を繋いでいれば最初から男女の関係である事は雰囲気上明らかである。スキンシップも簡単に取れるので最初から談笑しながらボディタッチ、お手手繋ぐ等を自然にすると良いだろう。

話題はケースバイケースだが、1回目のディナーの話の延長として、仕事・キャリア等に関する考え方の話(但し話の話題がこれ一色になってしまわないように留意。あくまで男女関係開始の前段階として仕事・キャリア等に関する考え方をシェアするのも大事な事なのでそうした話題をする、と言うスタンスが良い)、恋愛の話 、お互いの人生のヒストリーの話 、友達や日々の生活の話など、トータルに話を深めて相互の理解を深めればいい。

1回目のデートで仕事→趣味→恋愛→お手手繋ぎ、まで到達出来ている場合、ここは比較的自然に運ぶのが経験上通例であり、そんなに気負う事はない。

・3回目のお泊りのための伏線を用意しておく。
女性側にとっても2回目のディナーでのハイライト、越えるべきハードルの一つはここだろうか。3回目のデートで「お泊り」の案件を女性側からも促す必要がある。

女性の側からは、上述の通りで 「その趣味をxxさんと一緒に私もやってみたいなあ」の系統でお泊りをお膳立てすると良い。

男性側がきちんとおっさんの宿題をこなして料理が趣味だと言うなら「xxさんの料理食べてみたいな。 私がワイン/前菜持っていくよ」と応じてあげよう。王道である。

鉄道が好きだというなら 「私も電車の旅してみたいな」、旅行・温泉等の類が好きなら「どこそこに行きたいな」。アニメ・映画が好きなら「私もそのアニメ・映画観てみたいな」である。

ポイントは、男性側が「そうか、じゃあ僕の家にきなよ」「そうか、じゃあ旅行行こうか」と回答すれば良いだけの状況を作る事である。筆者も男稼業を長らくやっているが、女性側からこう言う呼び水があると非常に誘うのが楽である。

繰り返すが、男性は基本的に、「言って貰わないと分からない生物」である。女性側からもある程度意思表示と呼び水を入れる方が円滑な場合が多いのである。

・そして「ちゅー」のObjectiveを達成せよ。
そして、2回目のデートのもう一つのハイライト「ちゅー」のObjectiveのお膳立てである。手法については、1回目の「お手手繋ぐ」と比較的似ている。特にお酒が飲めない女性に伝えておきたいが、前回に続いて2件目のバーも飲めなくても参加する事である。

そして、自身はノンアルコールのカクテルを頼んだ上で、ほんの一口だけ男性のお酒を味見させて貰うのだ。後はもう簡単で、「お酒弱いから一口で酔っちゃった」等と味見したお酒を口実にして帰りのタクシーで男性に寄りかかってあげたり、帰りの歩きの道のりでお手手繋いだ上で更に密着したりすれば、男性側への「ちゅーして良いですよ」のサインになる。多少わざとらしくてもそこを咎める男性はいないから安心して欲しい。

但し、ここまで促しても男性側が動かない場合は脈がない可能性が高くもある点には留意。

○ステップ3:3ステップアルゴその3、フィニッシュ。「一晩をともにする」のObjective達成をお膳立てせよ!
さて、遂にクライマックスの3回目のデートである。ここでのObjectiveは「一晩をともにするのをお膳立てする」である。とは言え、ここまで来れば、案外当初の「お手手繋ぎ」ほどの緊張はなく、自然に事を運べる場合も多い。従って比較的簡潔な記載に留めておく。

・2回目で張ったお泊りのための伏線を実践に移す。出来れば共同作業・共同企画的にすると効果的。
さて、2回目で週末小旅行(近隣の一泊でいい)、料理作るし家でワインでも開けようよなどのアポが取れれば、3回目のObjectiveはほぼ達成である。

女性側が完全に受身にならず、旅行なら二人で日程や行き先などを企画したり、男性側の自宅に行くなら女性側もワイン/デザート/前菜一品を持参するなど、「企画に貢献する意思」「一緒に関係を作って行く意思」を見せると男性陣からは概ね好印象である。

因みに女性側の家に男性を呼ぶ時は、部屋を掃除しておく事。女性の部屋が散らかり放題だと男性側はかなり引くので留意。

あとは雰囲気を高めるのに一番簡単なのが蛍光灯や普通の直接照明は全部落として間接照明だけにして、自炊のテーブルの上にキャンドルでも灯す事なのは男性の場合と同じである。間接照明はIKEAでもどこでも安価に売っており、別に金持ちでなくてもこういう工夫は簡単にできる。

後は二人でホテルの部屋や自宅に入ったら、男性側が押し倒し易いように「酔っちゃった」「疲れちゃった」等言いながらソファーやベッドで横になったり、適度にスキを見せてあげればObjective完遂である。

○さいごに:3ステップアルゴその後。お付き合い開始!
後は、ステップ3の最中あるいはステップ3の翌朝にでも「好きだから付き合って頂戴」と言う趣旨の事を男性から女性側に伝えられて、女性側がYesと言えばお付き合いは普通に開始される。
但しここで「きちんとお付き合いしよう」の宣言が男性側からない場合は要注意であり、相手の男性は肉体関係目的だった、或いは一晩過ごしてみたが諸々ぴんと来なかったと言う可能性も高くなる。3回目のお泊りに入ってから肉体関係に入るのを拒むと言うのは流れ上難しいものがあるので、これについては1-2回目のデートの中で相手の人となり、ちゃんとした男女関係がしたいのかセフレが欲しいだけなのか、相手の自分に対する熱量はどの程度なのかについては判断をしておく必要がある。
また、身体の相性と言うのはやはりあるようにも思われ、この場合はもう仕方がない。技術・経験量云々が問題になる事はそうないと思う(これは回数を重ねPDCAサイクルを回す事ですり合わせ出来るようにも思う)が、それでも「これは今後回数を重ねて行く事でこなれて来る感じでもなくて、完全に決定的に合わないな」と感じ、「男女関係は難しいな」と言う結論に至る事と言うのはやはりある。

身体の相性だけでパートナーを決めるのは危険だが、やっぱりこの辺が余りに合わない場合に男女関係を継続するのもまた双方難しい面はあるし、こればかりは仕方ない。判断を誤り嫌な思いをする事もゼロではないかも知れないが、ここは試行錯誤していく他ない。素晴らしい「最後の一人」を見つけるためには、ある程度の場数は必要だろう。

大雑把には筆者からは上記位である。 恋愛に長けたナチュラルに勝ち組DNAを持つ勝ち組美人女性諸氏がこのような凡庸・平板に過ぎる内容を観たら、恐らく苦笑する他ない。

しかし、人柄は良いし仕事も出来るしきちんとメイクしておしゃれすればちゃんと素敵になり得る素養を持った女性であるにも関わらず、上述のような基本テンプレを持たないが故に出会いの機会を逸失している女友達、拗れ中年独身男女市場砂漠メイトと言うのも過去少なからず遭遇する経験を持つ事になった。

そうであるから、恥をしのんで、この度一定のテンプレートを用意してみた次第である。本来の所としては、男女交際と言うのはもっと個別なものだし、ケースバイケースの機微があるものであって然るべきものである事は添えておきたい。

但し、男性の場合同様に、女性側についても「3ステップアルゴでデートは出来るようになるが結婚に至らない」と言う問題は発生し得るし、しかも構造的かつ深刻な問題が横たわっている可能性もある。これについては時を改めて思う所を書くかも知れないし書かないかも知れない。上述のテンプレートは、あくまで「彼氏居ない歴x年の女性が、まずは男女関係、恋愛を思い出し、定期的に男女関係を持つには困らなくなるためのもの」である事は注記しておきたい。